・・・「そうか、警部か。それはえらいね。僕はまたね、巡査としては少し変なようでもあるし、何かと思ったよ」「白服だからね、一寸わからないさ」 二人は斯んなことを話し合いながら、しばらく肩を並べてぶら/\歩いた。で彼は「此際いい味方が出来・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・と冷淡な態度で言放ったが、耕吉が執固く言だすと、警部など出てきて、「とにかく御苦労です」といった調子で、小僧を引取った。で、「喰詰者のお前なぞによけいな……」こう後ろから呶鳴りつけられそうな気もされてきて、そこそこに待合室へ引返して「光の中・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・私についての様々の伝説が、ポンチ画が、さかしげな軽侮の笑いを以て、それからそれと語り継がれていたようであるが、私は当時は何も知らず、ただ、街頭をうろうろしていた。一年、二年経つうちに、愚鈍の私にも、少しずつ事の真相が、わかって来た。人の噂に・・・ 太宰治 「鴎」
・・・僕にはそれもまたさもしい感じで、ただ軽侮の念を増しただけであった。 ことしのお正月、僕は近所へ年始まわりに歩いたついでにちょっと青扇のところへも立ち寄ってみた。そのとき玄関をあけたら赤ちゃけた胴の長い犬がだしぬけに僕に吠えついたのにびっ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・去らんと心掛申候えども、この人物は身のたけ六尺、顔面は赤銅色に輝き腕の太さは松の大木の如く、近所の質屋の猛犬を蹴殺したとかの噂も仄聞致し居り、甚だ薄気味わるく御座候えば、老生はこの人物に対しては露骨に軽侮の色を示さず、常に技巧的なる笑いを以・・・ 太宰治 「花吹雪」
虫の中でも人間に評判のよくないものの随一は蛆である。「蛆虫めら」というのは最高度の軽侮を意味するエピセットである。これはかれらが腐肉や糞堆をその定住の楽土としているからであろう。形態的には蜂の子やまた蚕とも、それほどひどくちがって特別・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・また反対に零細のスケッチを無価値として軽侮する人もあるかもしれないが、科学というものの本来の目的が知識の系統化あるいは思考の節約にあるとすれば、まずこれらのスケッチを集めこれを基として大きな製作をまとめ渾然たる系統を立てるのが理想であろう。・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・をするような他の学者に対してはなはだしく反感と軽侮をいだくような現象さえ生じるのである。こうなるとジャーナリズムはむしろ科学の学海の暗礁になりうる心配さえ生じるのである。 純粋な物理学や化学の方面の仕事はどんな立派な仕事でも素人にはむつ・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・というのは最高度の軽侮を意味するエピセットである。これは彼らが腐肉や糞堆をその定住の楽土としているからであろう。形態的にははちの子やまた蚕ともそれほどひどくちがって特別に先験的に憎むべく賤しむべき素質を具備しているわけではないのである。それ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・どこの玄関や勝手口でも疑いと軽侮の眼で睨まれ追われる。その屈辱の苦味をかみしめて歩いているうちに偶然ある家へはいると、そこは冷やかな玄関でも台所でもなくそこに思いがけない平和な家庭の団欒があって、そして誰かがオルガンをひいていたとする。その・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
出典:青空文庫