・・・永年長い道を歩いたことのなかった重吉は、怪訝そうに、「変だねえ、どうしてこんなところが痛いんだろう」 靴下をぬいで、ずきずき疼く踵をおさえた。「やっぱり疲れるんだろうか」「そうですとも! あれだけの間に、わたしたちが会って話・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 女は怪訝そうに藍子の女学生風な合羽姿を見上げながら曖昧に、「さあ」と答えた。「ついこの頃新しく来なすった人あるでしょう? そのかたに尾世川さんのことで来たって、ちょっと呼んでくれませんか」 銀杏返しに結った平顔の、二十・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・右手は手入れよく刈込まれた要の生垣で、縁側の真赤な小布団に日が当っているのが見える。怪訝に思いつつ振返って見ると、派手な帯のところだけ遠目に立たせ若い女が小走りにこちらに向って来る。石川が止ると、手を挙げてひどくおいでおいでをし、力を盛返し・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・それは皆怪訝するとともに喜んだ人たちであるが、近所の若い男たちは怪訝するとともに嫉んだ。そして口々に「岡の小町が猿のところへ往く」と噂した。そのうち噂は清武一郷に伝播して、誰一人怪訝せぬものはなかった。これは喜びや嫉みの交じらぬただの怪訝で・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・それを分析したら、怪訝が五分に厭嫌が五分であろう。秋水のかたり物に拍手した私は女の理解する人間であったのに、猪口の手を引いた私は、忽ち女の理解すること能わざる人間となったのである。 私ははっと思って、一旦引いた手を又出した。そして注がれ・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫