・・・裏縁に引いた山清水に……西瓜は驕りだ、和尚さん、小僧には内証らしく冷して置いた、紫陽花の影の映る、青い心太をつるつる突出して、芥子と、お京さん、好なお転婆をいって、山門を入った勢だからね。……その勢だから……向った本堂の横式台、あの高い処に・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・戸村家の墓地は冬青四五本を中心として六坪許りを区別けしてある。そのほどよい所の新墓が民子が永久の住家であった。葬りをしてから雨にも逢わないので、ほんの新らしいままで、力紙なども今結んだ様である。お祖母さんが先に出でて、「さア政夫さん、何・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・な町のお稲荷様の御利生にて御得意旦那のお子さまがた疱瘡はしかの軽々焼と御評判よろしこの度再板達磨の絵袋入あひかはらず御風味被成下候様奉希候以上 以上の文句の通りに軽々と疱瘡痲疹の大厄を済まして芥子ほどの痘痕さえ残らぬようという縁喜が・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・私店けし入軽焼の義は世上一流被為有御座候通疱瘡はしか諸病症いみもの決して無御座候に付享和三亥年はしか流行の節は御用込合順番札にて差上候儀は全く無類和かに製し上候故御先々様にてかるかるやきまたは水の泡の如く口中にて消候ゆゑあはかるやき・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・それに学問がないから虐めることが出来ないなどというのは、如何にも可怪しな言葉である。私は何も博士の家庭に立入って批評しようとするものではないけれども、若しこれが本当の母であったならば、又本当の母でなくとも愛というものがあったならば、如何に博・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・きんせんかや、けしの花も、美しく咲いていました。きよは、やさしいお嬢さんのことを、国の妹に書いて送る中へと思って、散った、真っ赤なけしの花弁を拾ったのであります。 風に葉が光って、ひらひらとちょうちょうが飛んでいました。・・・ 小川未明 「気にいらない鉛筆」
・・・るような始末で、正直なところ、今度のような話を取り逃した日には、滅多にもうそういう口はございませんからね……これはお光さんだけへの話ですけれど、私はどうか今度の話が纏まるように、一生懸命お不動様へ願がけしているくらいなんですよ」「ほほほ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ しかし海老原は一息に飲み乾して、その飲みっぷりの良さは小説は書かず批評だけしている彼の気楽さかも知れなかった。だから、「君には思想がわからないのだよ。不信といっても一々疑ってからの不信とは思えんね」と高飛車だった。「だから、消・・・ 織田作之助 「世相」
・・・と歌うように言って降りて来たのを見ると、真赤な色のサテン地の寝巻ともピジャマともドイスともつかぬ怪しげな服を暑くるしく着ていた。作業服のように上衣とズボンが一つになっていて、真中には首から股のあたりまでチャックがついている。二つに割れる仕掛・・・ 織田作之助 「世相」
・・・道すがらも辰弥はさまざまに話しかけしが、光代はただかたばかりの返事のみして、深くは心を留めぬさまなり。見るから辰弥も気に染まず、さすが思いに沈むもののごとし。二人は黙して歩みぬ。 おや。という光代の声に辰弥は俯向きたる顔を上ぐれば、向う・・・ 川上眉山 「書記官」
出典:青空文庫