・・・「七八分ぐらいに言い詰めてはけやけし」「句にのこすがゆえに面影に立つ」等いずれも同様である。このような截断節約は詩形の短いという根本的な規約から生ずる結果であるが、同時にまた詩形の短さを要する原因ともなるのである。 同じ二つのものを句上・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・軍人か土方の親方ならばそれでも差支はなかろうが、いやしくも美と調和を口にする画家文士にして、かくの如き粗暴なる生活をなしつつ、毫も己れの芸術的良心に恥る事なきは、実にや怪しともまた怪しき限りである。さればこれらの心なき芸術家によりて新に興さ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 真直な往来の両側には、意気な格子戸、板塀つづき、磨がらすの軒燈さてはまた霜よけした松の枝越し、二階の欄干に黄八丈に手拭地の浴衣をかさねた褞袍を干した家もある。行書で太く書いた「鳥」「蒲焼」なぞの行燈があちらこちらに見える。忽ち左右がぱ・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・といい放って、つかつかと戸口にかかる幕を半ば掲げたが、やがてするりと踵を回らして、女の前に、白き手を執りて、発熱かと怪しまるるほどのあつき唇を、冷やかに柔らかき甲の上につけた。暁の露しげき百合の花弁をひたふるに吸える心地である。ランスロット・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・去れどこの世にての逢いがたきに比ぶれば、未来に逢うのかえって易きかとも思う。罌粟散るを憂しとのみ眺むべからず、散ればこそまた咲く夏もあり。エレーンは食を断った。 衰えは春野焼く火と小さき胸を侵かして、愁は衣に堪えぬ玉骨を寸々に削る。今ま・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・陽炎や名も知らぬ虫の白き飛ぶ橋なくて日暮れんとする春の水罌粟の花まがきすべくもあらぬかなのごときは古文より来たるもの、春の水背戸に田つくらんとぞ思ふ白蓮を剪らんとぞ思ふ僧のさま この「とぞ思ふ」と・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・そしてあかりをけしてみんな早くからねてしまいました。 * 夜中にホモイは眼をさましました。 そしてこわごわ起きあがって、そっと枕もとの貝の火を見ました。貝の火は、油の中で魚の眼玉のように銀色に光っています。もう赤い火・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
あるとき、三十疋のあまがえるが、一緒に面白く仕事をやって居りました。 これは主に虫仲間からたのまれて、紫蘇の実やけしの実をひろって来て花ばたけをこしらえたり、かたちのいい石や苔を集めて来て立派なお庭をつくったりする職業・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・だんだん近くになって見ると、ついて居るのはみんな黒ん坊で、眼ばかりぎらぎら光らして、ふんどしだけして裸足だろう。白い四角なものを囲んで来たのだけれど、その白いのは箱じゃなかった。実は白いきれを四方にさげた、日本の蚊帳のようなもんで、その下か・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・そのまた野ねずみのこどもときたらまるでけしごむのくらいしかないのでゴーシュはおもわずわらいました。すると野ねずみは何をわらわれたろうというようにきょろきょろしながらゴーシュの前に来て、青い栗の実を一つぶ前においてちゃんとおじぎをして云いまし・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
出典:青空文庫