・・・ おい、船の胴腹にたかって、かんかんと敲くからかんかんよ、それは解せる、それは解せるがかんかん虫、虫たあ何んだ……出来損なったって人間様は人間様だろう、人面白くも無えけちをつけやがって。而して又連絡もなく、お前っちは字を読む・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・奴の画はそんなけちな画ではない。大手をふって一人で通ってゆく画だ。そういうものを発見するのが書画屋の見識というものではないか。そういう見識から儲けが生まれてこなければ、大きな儲けは生まれはしない。沢本 俗物の本音を出したな。花田 ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ わざと怨ずれば少年は微笑みて、「余ってるよ、奥様はけちだねえ。」 と湯呑を返せり。お貞は手に取りて中を覗き、「何だ、けも残しゃアしない。」 と底の方に残りたるを、薬のように仰ぎ飲みつ。「まあ、芳さんお坐ンな、そうし・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・そこへ誘って、つき膝で、艶になまめかしく颯と流してくれて、「あれ、はんけちを田圃道で落して来て、……」「それも死神の風呂敷だったよ。」「可恐いわ、旦那さん。」 その水さしが、さて……いまやっぱり、手水鉢の端に据っているの・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・――うちの人じゃあない、世話になって、はんけちの工場うららかな朝だけれど、路が一条、胡粉で泥塗たように、ずっと白く、寂然として、家ならび、三町ばかり、手前どもとおなじ側です、けれども、何だか遠く離れた海際まで、突抜けになったようで、そこに立・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・と、引ッ込めて、「あなたに見せたッて、けちをつけるだけ損だ」「じゃア、勝手にしゃがアれ」 僕は飯をすまし、茶をつがせて、箸をしまった。吉弥はのびをしながら、「ああ、ああ、もう、死んじまいたくなった。いつおッ母さんがお金を持って来・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・しかし、玉子はけちくさい女で、買いぐいの銭などくれなかったから、私はふと気前のよかった浜子のことを想いだして、新次と二人でそのことを語っていると、浜子がまるで生みの母親みたいに想われて、シクシク泣けてきたとは、今から考えると、ちょっと不思議・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・京都は冬は底冷えし、夏は堪えられぬくらい暑くおまけに人間が薄情で、けちで、歯がゆいくらい引っ込み思案で、陰険で、頑固で結局景色と言葉の美しさだけと言った人があるくらい京都の、ことに女の言葉は音楽的でうっとりさせられてしまう。しかし、私は京都・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・二匹で五円、闇市場の中では靴みがきに次ぐけちくさい商内だが、しかし、暗がりの中であえかに瞬いている青い光の暈のまわりに、夜のしずけさがしのび寄っているのを見た途端、私はそこだけが闇市場の喧騒からぽつりと離れて、そこだけが薄汚い、ややこしい闇・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・簡単にいえば親切ずく、――あとで儲けを山分けなどというけちな根性からではさらになかった。 何ごとも算盤ずくめのお前には、そんなおれの親切が腑に落ちかねて、済みません、済みません、一生恩に着ますなんて、泪をこぼさんばかりにしながらも、内心・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫