・・・ それは書きますよ。実はこの頃婦人雑誌に書きたいと思っている小説があるのです。 主筆 そうですか? それは結構です。もし書いて頂ければ、大いに新聞に広告しますよ。「堀川氏の筆に成れる、哀婉極りなき恋愛小説」とか何とか広告しますよ。 ・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・「さよう、とうからこの際には土地はいただかないことにして、金でお願いができますれば結構だと存じていたのでございますが……しかし、なに、これとてもいわばわがままでございますから……御都合もございましょうし……」「とうから」と聞きかえし・・・ 有島武郎 「親子」
・・・……で、あろう事か、荒物屋で、古新聞で包んでよこそう、というものを、そのままで結構よ。第一色気ざかりが露出しに受取ったから、荒物屋のかみさんが、おかしがって笑うより、禁厭にでもするのか、と気味の悪そうな顔をしたのを、また嬉しがって、寂寥たる・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・君はもとより君の境遇からそれで結構である。いやしくも文芸にたずさわる以上、だれでもぜひ一所懸命になってこれに全精神を傾倒せねばだめであるとはいわない。人生上から文芸を軽くみて、心の向きしだいに興を呼んで、一時の娯楽のため、製作をこころみると・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・汝は安心してその決行ができるかと問うて見る。自分の心は即時に安心ができぬと答えた。いよいよ余儀ない場合に迫って、そうするより外に道が無かったならばどうするかと念を押して見た。自分の前途の惨憺たる有様を想見するより外に何らの答を為し得ない。・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・「御常談を――それでも、先生はほかの人と違って、遊びながらお仕事が出来るので結構でございます」「貧乏ひまなしの譬えになりましょう」「どう致しまして、先生――おい、お君、先生にお茶をあげないか?」 そのうち、正ちゃんがどこから・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「一尾結構、」と古川先生大いに満足して一尾の鰻を十倍旨く舌打して賞翫したという逸事がある。恩師の食道楽に感化された乎、将た天禀の食癖であった乎、二葉亭は食通ではなかったが食物の穿議がかなり厳ましかった。或る時一緒に散策して某々知人を番町に尋・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・そのときに友人が来ましてカーライルに遇ったところが、カーライルがその話をしたら「実に結構な書物だ、今晩一読を許してもらいたい」といった。そのときにカーライルは自分の書いたものはつまらないものだと思って人の批評を仰ぎたいと思ったから、貸してや・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・この前はこの前であんな金目の物を貰うしまたどうもこんな結構なものを……」「なに、そんなに言いなさるほどの物じゃねえんで……ほんのお見舞いの印でさ」「まあせっかくだから、これはありがたく頂戴しておくが、これからはね、どうか一切こういう・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・科白のまずいというのは、結局不勉強、仕事の投げやりに原因するのだろうが、一つには紋切型に頼っても平気だという彼等の鈍重な神経のせいであって、われわれが聴くに堪えぬエスプリのない科白を書いても結構流行劇作家で通り、流行シナリオ・ライターで通っ・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
出典:青空文庫