・・・「否もうこゝで結構です。一寸そこまで散歩に来たものですからな。……それで何ですかな、家が定まりましたでしょうな? もう定まったでしょうな?」「……さあ、実は何です、それについて少しお話したいこともあるもんですから、一寸まあおあがり下・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・「ひどう苦しみましたか……たいした苦しみがなければ、先ず結構な方です」といった具合で、私がもうこれでお仕舞いですかと訊ねますと、まだ一日位は保つだろうと言うのでした。然し、医師を見送って行った者に向っては「あと二時間」とハッキリ宣告したとの・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ こうした感情は日光浴の際身体の受ける生理的な変化――旺んになって来る血行や、それにしたがって鈍麻してゆく頭脳や――そう言ったもののなかに確かにその原因を持っている。鋭い悲哀を和らげ、ほかほかと心を怡します快感は、同時に重っ苦しい不快感・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
この度は貞夫に結構なる御品御贈り下されありがたく存じ候、お約束の写真ようよう昨日でき上がり候間二枚さし上げ申し候、内一枚は上田の姉に御届け下されたく候、ご覧のごとくますます肥え太りてもはや祖父様のお手には荷が少々勝ち過ぎる・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・ただひたすらその決行を壮なりと思えるがごとし。 女の解し難きものの一をわが青年倶楽部の壁内ならでは醸さざる一種の気なりといわまほし。今の時代の年若き男子一度この裡に入りて胸を開かばかれはその時よりして自由と人情との友なるべし。さてさらに・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 大正×年九月、A鉱山では、四千名の坑夫が罷業を決行した。女房たちは群をなして、遠く、東京のT男爵邸前に押しよせた。K鉱山でもJ鉱山でも、卑屈にペコ/\頭を下げることをやめて、坑夫は、タガネと槌を鉱山主に向って振りあげた。アメリカでも、・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・「お前等、えい所へ行くんじゃ云うが、結構なこっちゃ。」古い箕や桶を貰った隣人は羨しそうに云った。「うら等もシンショウをいれて子供をえろうにしといた方がよかった。ほいたらいつまでもこんな百姓をせいでもよかったんじゃ!」「この鍬をやるか・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・そういう人でしたから、他の人に面倒な関係なんかを及ぼさない釣を楽んでいたのは極く結構な御話でした。 そこでこの人、暇具合さえ良ければ釣に出ておりました。神田川の方に船宿があって、日取り即ち約束の日には船頭が本所側の方に舟を持って来ている・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・卑屈、結構。女性的、そうか。復讐心、よし。お調子もの、またよし。怠惰、よし。変人、よし。化物、よし。古典的秩序へのあこがれやら、訣別やら、何もかも、みんなもらって、ひっくるめて、そのまま歩く。ここに生長がある。ここに発展の路がある。称して浪・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・「ひと寝いりしてから、出発だ。決行、決行。」 嘉七は、自分の蒲団をどたばたひいて、それにもぐった。 よほど酔っていたので、どうにか眠れた。ぼんやり眼がさめたのは、ひる少し過ぎで、嘉七は、わびしさに堪えられなかった。はね起きて、す・・・ 太宰治 「姥捨」
出典:青空文庫