・・・と気がるに蘊藻浜敵前渡河の決死隊に加わって、敵弾の雨に濡れた顔もせず、悠悠とクリークの中を漕ぎ兵を渡して戦死したのかと、佐伯はせつなく、自分の懶惰がもはや許せぬという想いがぴしゃっと来た。ひっそりとした暮色がいつもの道に漂うていた。「つまり・・・ 織田作之助 「道」
・・・出て来て背嚢やら何やらを背負されて、数千の戦友と倶に出征したが、その中でおれのように志願で行くものは四五人とあるかなし、大抵は皆成ろう事なら家に寝ていたい連中であるけれど、それでも善くしたもので、所謂決死連の己達と同じように従軍して、山を超・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・を見ても、また、小栗風葉の「決死兵」、広津柳浪の「天下一品」、泉鏡花の「外国軍事通信員」等を見ても、その水っぽさと、空想でこしらえあげたあとはかくすべくもない。だが、それらの一つ一つの各作家に於いても、あまりに重要でない作品に対して吟味を与・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・十銭のコーヒーを飲みつつ、喫茶店の少女をちらちら盗み見するのにさえ、私は決死の努力を払った。なにか、陰惨な世界を見たくて、隅田川を渡り、或る魔窟へ出掛けて行ったときなど、私は、その魔窟の二三丁てまえの小路で、もはや立ちすくんで了った。その世・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・ いいえ、ハワイの事、決死的大空襲よ、なにせ生きて帰らぬ覚悟で母艦から飛び出したんだって、泣いたわよ、三度も泣いた、姉さんはね、あたしの泣きかたが大袈裟で、気障ったらしいと言ったわ、姉さんはね、あれで、とっても口が悪いの、あたしは可哀想な子・・・ 太宰治 「律子と貞子」
・・・眼前を過ぎる幻像を悲痛のために強直した顔の表情で見詰めながら、さながら鍵盤にのしかかるようにして弾いているショパンの姿が、何か塹壕から這い出して来る決死隊の一人ででもあるような気がするのである。 リストが音楽商の家の階段を気軽にかけ上が・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・軍が平壌を包囲した時、彼は決死隊勇士の一人に選出された。「中隊長殿! 誓って責務を遂行します。」 と、漢語調の軍隊言葉で、如何にも日本軍人らしく、彼は勇ましい返事をした。そして先頭に進んで行き、敵の守備兵が固めている、玄武門に近づい・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ 多くもない労働者が、機関銃の前の決死隊のように、死へ追いやられた。 十七人の労働者と、二人の士官と、二人の司厨が、ピークに、「勝手に」飛び込んだ。 高級海員が六人と、水夫が二人と、火夫が一人残った。 第三金時丸は、痛風にか・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・その方寸の中には竊に必敗を期しながらも、武士道の為めに敢て一戦を試みたることなれば、幕臣また諸藩士中の佐幕党は氏を総督としてこれに随従し、すべてその命令に従て進退を共にし、北海の水戦、箱館の籠城、その決死苦戦の忠勇は天晴の振舞にして、日本魂・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・工作隊といっても半分決死隊だ。私はいままでに、こんな危険に迫った仕事をしたことがない。」「十日のうちにできるでしょうか。」「きっとできる。装置には三日、サンムトリ市の発電所から、電線を引いてくるには五日かかるな。」 技師はしばら・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
出典:青空文庫