・・・「我何処より来り、我何処にか往く、よく言う言葉であるが、矢張りこの問を発せざらんと欲して発せざるを得ない人の心から宗教の泉は流れ出るので、詩でもそうです、だからその以外は悉く遊戯です虚偽です。「もう止しましょう! 無益です、無益です・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・しかるに翌四月八日に平ノ左衛門尉に対面した際、日蓮はみたび、他国の来り侵すべきことを警告した。左衛門尉は「何の頃か大蒙古は寄せ候ふべき」と問うた。日蓮は「天の御気色を拝見し奉るに、以ての外に此の国を睨みさせ給ふか。今年は一定寄せぬと覚ふ」と・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・そして荒々しく床板を蹴りながら柵のところへやって来た。 豚の鼻さきが一寸あたると柵はがた/\くずれるように倒れてしまった。すると豚は柵の倒れた音で二重に驚いて、なおひどくとび上った。そうしてその拍子にとび/\しながら柵から外へ出た。三人・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・こはおもしろしと走り寄りて見下せば、川は開きたる扇の二ツの親骨のように右より来りて折れて左に去り、我が立つところの真下の川原は、扇の蟹眼釘にも喩えつべし。ところの名を問えば象が鼻という。まことにその名空しからで、流れの下にあたりて長々と川中・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・三の戸、金田一、福岡と来りしが、昨日は昼餉たべはぐりてくるしみければ今日はむすび二ツもらい来つ、いで食わんとするに臨み玉子うる家あり。価を問えば六厘と云う。三つばかり買いてなお進み行くに、路傍に清水いづるところあり。椀さえ添えたるに、こしか・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・よく見ればそこにも流行というものがあって、石蹴り、めんこ、剣玉、べい独楽というふうに、あるものははやりあるものはすたれ、子供の喜ぶおもちゃの類までが時につれて移り変わりつつある。私はまた、二人の子供の性質の相違をも考えるようになった。正直で・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・大なる石は虚空より唸りの風音をたて隕石のごとく速かに落下し来り直ちに男女を打ちひしぎ候。小なるものは天空たかく舞いあがり、大虚を二三日とびさまよひ候。」 私はそれを一字一字清書しながら、天才を実感して戦慄した。私のこれまでの生涯に於・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・とにつき従い、やがて、エルサレムの宮が間近になったころ、あの人は、一匹の老いぼれた驢馬を道ばたで見つけて、微笑してそれに打ち乗り、これこそは、「シオンの娘よ、懼るな、視よ、なんじの王は驢馬の子に乗りて来り給う」と予言されてある通りの形なのだ・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・さすがにそれが、ときどき侘びしくふらと家を出て、石を蹴り蹴り路を歩いて、私は、やはり病気なのであろうか。私は小説というものを間違って考えているのであろうか、と思案にくれて、いや、そうで無いと打ち消してみても、さて、自分に自信をつける特筆大書・・・ 太宰治 「鴎」
・・・それがただ一艘ならばまだしも、数え切れぬほど沢山の飛行機が、あとからもあとからも飛び来り飛び去るのである。この光景の映写の間にこれと相錯綜して、それらの爆撃機自身に固定されたカメラから撮影された四辺の目まぐるしい光景が映出されるのである。こ・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
出典:青空文庫