・・・ やがて男は元気づいて出て行った。施与ということは妙なもので、施された人も幸福ではあろうが、施した当人の方は尚更心嬉しい。自分は饑えた人を捉えて、説法を聞かせたとも気付かなかった。十銭呉れてやった上に、助言もしてやった。まあ、二つ恵んで・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・病犬は水を飲んだために、少しは元気がついたように見えました。肉屋は、骨と皮とばかりの、そのからだをなでてやり、「じゃァ、よくおやすみ。あすまた見に来てやるからな。おお/\、かわいそうに。――おまいもあしたまたおいで。」と、もう一つの犬を・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・ と大きい声で言って、たいへんなお元気です。家の中は、しんとして居ります。それでも、博士は、委細かまわず、花束持って、どんどん部屋へ上っていって、奥の六畳の書斎へはいり、 ――ただいま。雨にやられて、困ったよ。どうです。薔薇の花です。す・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・だし、デッサン不正確なり、甘し、ひとり合点なり、文章粗雑、きめ荒し、生活無し、不潔なり、不遜なり、教養なし、思想不鮮明なり、俗の野心つよし、にせものなり、誇張多し、精神軽佻浮薄なり、自己陶酔に過ぎず、衒気、おっちょこちょい、気障なり、ほら吹・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・どうも、自分の文章を自分で引用するというのは、グロテスクなもので、また、その自分の文章たるや、こうして書き写してみると、いかにも青臭く衒気満々のもののような気がして来て、全く、たまらないのであるが、そこがれいの鉄面皮だ、洒唖々々然と書きすす・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・うぶで、無邪気で、何事に逢っても挫折しない元気を持っている。物に拘泥しない、思索ということをしない、純血な人間に出来るだけの受用をする。いつも何か事あれかしと、居合腰をしているのである。 それだから金のいること夥だしい。定額では所詮足ら・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・当時は元気旺盛、身体壮健であった。で、そう言ってももちろん死ぬ気はなかった。心の底にははなばなしい凱旋を夢みていた。であるのに、今忽然起こったのは死に対する不安である。自分はとても生きて還ることはおぼつかないという気がはげしく胸を衝いた。こ・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 測候所で案内してくれた助手のB君は剽軽で元気のいい男であった。「この晴雨計の使い方を知っているかね、一つ測って見給え」などと云った。別れ際に「ぜひ紹介したい人があるから今晩宅へ来てくれ」と云って独りで勝手に約束をきめてしまった。 ・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・メートルとキログラムの副原器を収めた小屋の木造の屋根が燃えているのを三人掛りで消していたが耐火構造の室内は大丈夫と思われた。それにしても屋上にこんな燃草をわざわざ載せたのは愚かな設計であった。物理教室の窓枠の一つに飛火が付いて燃えかけたのを・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・「お爺さんはいつも元気すね。」「なに、もう駄目でさ。今日もこの歯が一本ぐらぐらになってね、棕櫚縄を咬えるもんだから、稼業だから為方がないようなもんだけれど……。」 爺さんは植木屋の頭に使われて、其処此処の庭の手入れをしたり垣根を・・・ 徳田秋声 「躯」
出典:青空文庫