・・・予はこれを語るにつけても、主筆猪股君がこの原稿に接して、早く既に同じ周章をせねば好いがと懸念する。予の公衆に語る習はこれにも屈せず、予は終に人の己を席に延くを待たぬようになった。自ら席を設けて公衆に語るようになった。柵草紙と云ったのがその席・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・今国内に現行している文章の作者がこれを形って居るのであろう。予の居る所の地は、縦令予が同情を九州に寄することがいかに深からんも、西僻の陬邑には違あるまい。予は僅に二三の京阪の新聞紙を読んで、国の中枢の崇重しもてはやす所の文章の何人の手に成る・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・早う高氏づらの首を斬りかけて世を元弘の昔に復したや」「それは言わんでものこと。いかばかりぞその時の嬉しさは」 これでわかッたこの二人は新田方だと。そして先年尊氏が石浜へ追い詰められたとも言い、また今日は早く鎌倉へこれら二人が向ッて行・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・内容は、武田信玄の家法、信玄一代記、家臣の言行録、山本勘助伝など雑多であるが、書名から連想せられやすい軍法のことは付録として取り扱われている程度で、大体は道徳訓である。この書がもしその標榜する通りに成立したものであるならば、『多胡辰敬家訓』・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・過激思想ももちろんその中に含まれているであろうが、過激思想を退治しようとしている為政者の言行といえどもまたその中に含まれていないのではない。利のために働かず、任務自身のための任務をつくして来た父から見ると、現在の政治家のように利のために動い・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・どの人物の言行にも、はっきりと片づいた動機づけをすることができない。それが作の世界全体に叙情的な色調を与えるゆえんなのであろう。 私はこの態度が作者として取るべき唯一の道だとは思っていない。ありのままを卒直に言おうとする態度の人、物を言・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫