・・・そのとしの秋、ジッドのドストエフスキイ論を御近所の赤松月船氏より借りて読んで考えさせられ、私のその原始的な端正でさえあった「海」という作品をずたずたに切りきざんで、「僕」という男の顔を作中の随所に出没させ、日本にまだない小説だと友人間に威張・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・お医者の世界観は、原始二元論ともいうべきもので、世の中の有様をすべて善玉悪玉の合戦と見て、なかなか歯切れがよかった。私は愛という単一神を信じたく内心つとめていたのであるが、それでもお医者の善玉悪玉の説を聞くと、うっとうしい胸のうちが、一味爽・・・ 太宰治 「満願」
・・・伏目がちの、おちょぼ口を装うこともできるし、たったいまたかまが原からやって来た原始人そのままの素朴の真似もできるのだ。私にとって、ただ一つ確実なるものは、私自身の肉体である。こうして寝ていて、十指を観る。うごく。右手の人差指。うごく。左の小・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・機械文化の頂点を示すべき映画の中で、一人の職工は有り余っているべき動力の洪水の中にいながら、最も原始的なその筋肉エネルギーを極度に消費して大きなダイアルの針を回し、そうして、疲れ切って倒れ、そのために大破壊が起こったりする。あの魯鈍な機械に・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・これはロベール・デスノという人の原詩を脚色したものだそうであるから、原詩をよく味わった人にはあるいはいくらかおもしろいかもしれないが、われわれにはそんな知らない原詩のある事がかえって鑑賞の邪魔になっているわけである。これで思い出すのは、いつ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ ジャヴァの影人形の実演はまだ見たことがないが、その効果にはおのずからこの田舎大工の原始的な影人形のそれと似通った点がありそうに思われる。踊る影絵はそれ自身が目的ではなくて、それによって暗示される幻想の世界への案内者をつとめるのであろう・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・ これらの原始的なしかし驚嘆すべき計量単位の巧妙な系統によって、われわれの祖先は遠い昔から立派な力学的世界像を構成していた。近ごろになってわれわれはそれを少しばかり整理しみがき上げて、そうしていかめしい学という名をつけたのである。 ・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・美術家は時に原始人に立返って自然を見なければならない。宗教家は赤子の心にかえらねばならない。同時に科学者は時に無学文盲の人間に立返って考えなければならない。われわれが物理学のかなり深いところを探究しているつもりでも、時々子供や素人から受ける・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・エピナスの古い考えはケルビン、タムソンの原子説を産んだ。デカルトの荒唐な仮説は渦動分子説の因をなしているとも見られる。植物学者ブラウンの物好きな研究はいったん世に忘れられたが、近年に到って分子説の有力な証拠として再び花が咲いたのである。実用・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・最も顕著な特徴をもって原始民の心に最も強く訴えたであろうと思わるる地上の目標として火山にまさるものはないのである。しかしそういう目標に名前がつけられ、その名前がいよいよ固定してしまい、生き残りうるためには特別な条件が具足することが必要である・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
出典:青空文庫