・・・愚かなるわれら杞人の後裔から見れば、ひそかに垣根の外に忍び寄る虎や獅子の大群を忘れて油虫やねずみを追い駆け回し、はたきやすりこ木を振り回して空騒ぎをやっているような気がするかもしれない。これが杞人の憂いである。・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・これは江戸名所図会にも載っている、あれの直接の後裔であるかどうかは知らないがともかくも昔の江戸の姿をしのばせる格好の目標であった。 なんでも片方が「本家」で片方が「元祖」だとか言って長い年月を鬩ぎ合った歴史もあったという話を聞いたことが・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 二 科学上の学説、ことに一人の生きているアダムとイヴの後裔たる学者の仕事としての学説に、絶対的「完全」という事が厳密な意味で望まれうる事であるかどうか。これもほとんど問題にならないほど明白に不可能な事である。た・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・現在先端的な問題の一つと考えらるる宇宙線の研究でも、実はこの昔の粗末な実験の後裔であるとも見られなくはないのである。また昔レーリー卿が紅茶茶わんをガラス板の上ですべらせてみて、ガラスのよごれ方でひどく摩擦のちがうことを見て考え込んでいたこと・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・ 実際昔も今も、科学の前衛線に立って何か一つの新しき道を開いた第一流の学者たちは、ある意味でルクレチウスの後裔であった。現在でもニエルス・ボーアやド・ブローリーのごときは明らかにその子孫である。彼らはただ現時の最高のアカデミックの課程を・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
われわれはいかにするともおのれの生れ落ちた浮世の片隅を忘れる事は出来まい。 もしそれが賑な都会の中央であったならば、われわれは無限の光栄に包まれ感謝の涙にその眼を曇らして、一国の繁華を代表する偉大の背景を打目戍るであろう。もしまた・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・以上の諸名家に次いで大正時代の市井狭斜の風俗を記録する操觚者の末に、たまたまわたくしの名が加えられたのは実に意外の光栄で、我事は既に終ったというような心持がする。 正宗谷崎二君がわたくしの文を批判する態度は頗寛大であって、ややもすれば称・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・eur noble dfaiteDe ce qui fut jadis un spectacle enchant.わが歩みヴェルサイユを訪ひわが眼ヴェルサイユを観んと欲するはそが壮麗と光栄のためならず。数知れぬ神となされ・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・全く大なる光栄と心得てここへ出て来たのである。が繰返して云う通り、演説はできず講義としては纏まらず、定めて聞苦しい事もあるだろうと思います。その辺はあらかじめ御容赦を願います。 まずこれからそろそろやり始めます。やり始めますよと断ると何・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・その時分の生徒は皆恐らく今此所には一人もいないでしょう、卒業したでしょうけれども、しかし貴方がたはその後裔といいますか、跡続ぎ見たような子分見たような者で、その親分をこの教場で度々虐めていた事などがあるから、その子か孫に当るような人などは何・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
出典:青空文庫