・・・「私も今一度で可いから是非お目にかかりたいと思いつづけては、彼晩の事を思い出して何度泣いたか知れません、……ほんとにお嫁になど行かないで兄さんや姉さんを手伝った方が如何なに可かったか今では真実に後悔していますのよ。」 大友は初めてお・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・彼は、受取ったすぐ、その晩――つまり昨夜、旧ツアー大佐の娘に、毎月内地へ仕送る額と殆ど同じだけやってしまったことを後悔していた。今日戦争に出ると分っていりゃ、やるのではなかった。あれだけあれば、妻と老母と、二人の子供が、一ヵ月ゆうに暮して行・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・そして、多くの上級の軍人が描かれている。黄海の海戦の描写もある。しかし、出てくる軍人も戦争の状景も、通俗小説のそれで、ひどく真実味に乏しい。それに、この一篇の主題は戦争ではなく浪子の悲劇にある。だから、ここで戦争文学として取扱うことは至当で・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・仮令贋物にしましたところで、手前の方では結構でございます、頂戴致して置きまして後悔はございません」とやり返した。「そんなにこちらの言葉を御信用がないならば、二つの鼎を列べて御覧になったらば如何です」と一方はいったが、それでも一方は信疑相半し・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・おげんがそれを自分の手で始末しないばかりに心配して、旦那の行末の楽みに再びこの地方へと引揚げて来た頃は、さすが旦那にも謹慎と後悔の色が見えた。旦那の東京生活は結局失敗で、そのまま古い小山の家へ入ることは留守居の大番頭に対しても出来なかった。・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・それを拾うと、あとで後悔しなければなりませんよ。」と言いました。で、またそのままにして通りすぎましたが、しばらくするとまた一本、前の二つよりも、もっときれいなのが落ちていました。馬はやっぱり、「およしなさい、およしなさい。」と言いました・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・そして今になっては後悔しているのでしょう。ところで御覧の通りわたしは引き下がらずにいるわ。わたしだって亭主を持つのに人の好かない男を持たなくてはならないというわけはないわ。兎に角考えて見れば、どうもわたしの方が勝っているようだわ。わたしの食・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・ 今だから、こんな話も公開できるのですが、当時はそれこそ極秘の事件で、この町でこの事件に就いて多少でも知っていたのは、ここの警察署長とそれから、この私と、もうそれくらいのものでした。 ことしのお正月は、日本全国どこでもそのようで・・・ 太宰治 「嘘」
・・・私たち不勉強の学生たちを気の毒に思い、彼の知識の全部を公開する事は慎しみ、わずかに十分の三、あるいは四、五、六くらいのところまで開陳して、あとの大部分の知識は胸中深く蔵して在るつもりでいたのだろうけれども、それでも、どうも、周囲の学生たちは・・・ 太宰治 「佳日」
・・・くだらない手紙を差し上げた事を、つくづく後悔しはじめたのです。出さなければよかった。取返しのつかぬ大恥をかいた。たった一夜の感傷を、二十年間の秘めたる思いなどという背筋の寒くなるような言葉で飾って、わあっ! 私は、鼻持ちならぬ美文の大家です・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫