・・・ それから牧師の祈りと、熱心な説教、そしてすべてが終わって、堂の内の人々一斉の黙祷、この時のしばしの間のシンとした光景――私はまるで別の世界を見せられた気がしたのであります。 帰りは風雪になっていました。二人は毛布の中で抱き合わんば・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・そして誠忠奉公の公卿たちは鎌倉で審議するという名目の下に東海道の途次で殺されてしまった。かくて政権は確実に北条氏の掌中に帰し、天下一人のこれに抗議する者なく、四民もまたこれにならされて疑う者なき有様であった。後世の史家頼山陽のごときは、「北・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ スピリットに憑かれたように、幾千の万燈は軒端を高々と大群衆に揺られて、後から後からと通りに続き、法華経をほめる歓呼の声は天地にとよもして、世にもさかんな光景を呈するのである。フランスのある有名な詩人がこの御会式の大群衆を見て絶賛した。・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・子美太白の才、東坡柳州の筆にあらずはいかむかこの光景を捕捉しえん。さてそれより塩竈神社にもうでて、もうこの碑、壺の碑前を過ぎ、芭蕉の辻につき、青葉の名城は日暮れたれば明日の見物となすべきつもりにて、知る人の許に行きける。しおがまにてただの一・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・ましてお公卿様などは、それはそれは甚だ窘乏に陥っておられたものだろう。それでその頃は立派な家柄の人が、四方へ漂泊して、豪富の武家たちに身を寄せておられたことが、雑史野乗にややもすれば散見する。植通も泉州の堺、――これは富商のいた処である、あ・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・よいわ、京へ人を遣って、当りを付けて瘠公卿の五六軒も尋ね廻らせたら、彼笛に似つこらしゅうて、あれよりもずんと好い、敦盛が持ったとか誰やらが持ったとかいう名物も何の訳無う金で手に入る。それを代りに与えて一寸あやまる。それで一切は済んで終う。た・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ 私はすぐ茶の間の光景を読んだ。いきなり箪笥の前へ行って、次郎と末子の間にはいった。太郎は、と見ると、そこに争っている弟や妹をなだめようでもなく、ただ途方に暮れている。婆やまでそこいらにまごまごしている。 私は何も知らなかった。末子・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・その住職は多年諸国の行脚を思い立ちながら、寺の後継者の成長する日まで待ち、破れた本堂の屋根の修繕を終る日まで待ちするうちに、だんだん年をとってしまって、いよいよ行脚に出掛ける頃は既に七十の歳であったという。昼は昼食、夜は一泊、行くさきざきの・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ 第四 決闘の勝敗の次第をお知らせする前に、この女ふたりが拳銃を構えて対峙した可憐陰惨、また奇妙でもある光景を、白樺の幹の蔭にうずくまって見ている、れいの下等の芸術家の心懐に就いて考えてみたいと思います。私はいま仮にこ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・蒼ざめた、カリギュラ王は、その臣下の手に依って弑せられるところとなり、彼には世嗣は無く全く孤独の身の上だったし、この後、誰が位にのぼるのか、群臣万民ふるえるほどの興奮を以て私議し合っていた。後継は、さだめられた。カリギュラの叔父、クロオジヤ・・・ 太宰治 「古典風」
出典:青空文庫