・・・ 親に孝行は当然のことなり。ただ一心に我が親と思い、余念なく孝行をつくすべし。三年父母の懐をまぬかれず、ゆえに三年の喪をつとむるなどは、勘定ずくの差引にて、あまり薄情にはあらずや。 世間にて、子の孝ならざるをとがめて、父母の慈ならざ・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・あるいは夫婦不徳の家に孝行の子女を生じ、兄弟姉妹団欒として睦まじきこともあらば、これは不思議の間違いにして、稀に人間世界にあるも、常に然るを冀望すべからざる所のものなり。世間あるいは強いてこれを望む者もあるべしといえども、その迂闊なるは病父・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・もとの鏡立て身に入むや亡妻の櫛を閨に蹈む門前の老婆子薪貪る野分かな栗そなふ恵心の作の弥陀仏書記典主故園に遊ぶ冬至かな沙弥律師ころり/\と衾かなさゝめこと頭巾にかつく羽折かな孝行な子供等に蒲団一つづゝのごと・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・僕はほんとうに孝行だなあ。 狐が角パンを二つくわえて来てホモイの前に置いて、急いで「さよなら」と言いながらもう走っていってしまいました。ホモイは、 「狐はいったい毎日何をしているんだろう」とつぶやきながらおうちに帰りました。 今・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ 私の次弟は、一九二九年の夏、高校の三年生で自殺をした。そういう経験からも私はこの条に注意を喚起されて読んだのであるが、荒木巍氏の「新しき塩」の中でも、違った形と作者のテムペラメントにおいてではあるが、やはり「流行的な参加の仕方に反撥を・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・ニージュニ・ノヴゴロド市の埠頭、嘗てゴーリキーが人足をしたことのある埠頭から、ヴォルガ航行の汽船が出る。母なるヴォルガ河、船唄で世界に知られているこの大河の航行は、実に心地のいい休養だ。ニージュニときくと、恐らく或る者はそう思いもするだろう・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・おうちの方々は実に母さん孝行で、峰子さんなどは、自分の家庭とお母さんの看病と、おどろくばかり献身された。長男の鉄夫さんが花嫁をもらわれ、勝彦さんが出征され、松の茂った丘や玉川へ向う眺望のよい病床も多端であった。 その前ごろから、孝子夫人・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・夜も昼もと、おさえがたい成長をうながされつつ、――新制高校の若いひとびとの書いた原稿を一つ一つとよみながら、わたしは信頼とよろこびにみたされて、この事実を感じた。 原稿のなかには、丁度わたしが初めて日記というものをつけはじめたころの年齢・・・ 宮本百合子 「小さい婦人たちの発言について」
・・・ あのいい眼つきをした若い瀬川さんが、俺はもう女房孝行だけして子を育てることにきめたよと云って、段々張がなくなって、じじむさい男になって行くのをうれしがって見ていられること?」 牧子は、「――そうねえ」 心から吐息をついた。瀬川・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・それは化学のノートで、おそらく高校時代の父が筆記したのだろうと思える。試験管を焔の上で熱する図などが活々としたフリーハンドで插入されていて、計らずも今日秋日のさす埃だらけの廊下の隅でそれを開いて眺めている娘の目には、却ってその絵の描かれてい・・・ 宮本百合子 「本棚」
出典:青空文庫