・・・ 六 恋愛以上の高所 恋愛が青春にとって如何に重要な、心ひかれるテーマであるからといって、人生において、恋愛が至上ではない。青春時代において恋愛問題が常に頭をいっぱいに占領してはならない。宇宙と自己、社会共同体と自己・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・以上、書いたことで、私は、まだ少年の域を脱せず、『高所の空気、強い空気』である、あなたに、手紙を書いたり、逢ったりすることに依りて、『凍える危険』を感ずる者である。まことに敬畏する態度で、私は、この手紙一本きりで、あなたから逃げ出す。めくら・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・そのほかにも、かれ、蚊帳吊るため部屋の四隅に打ちこまれてある三寸くぎ抜かばやと、もともと四尺八寸の小女、高所の釘と背のびしながらの悪戦苦闘、ちらと拝見したこともございました。 いま庭の草むしっている家人の姿を、われ籐椅子に寝ころんだまま・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・いちばん初めに高所から見たパリの市街が現われ前景から一羽のからすが飛び出す。次に墓場が出る。墓穴のそばに突きさした鋤の柄にからすが止まると墓掘りが憎さげにそれを追う。そこへ僧侶に連れられてたった三人のさびしい葬式の一行が来る。このところにあ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・を除けば、あとは皆地上数百ないし数千メートルの高所から降下するものである。その中でも雨と雪は最も普通なものであるが、雹や霰もさほど珍しくはない。霙は雨と雪の混じたもので、これも有りふれた現象である。 以上挙げたものの外に稀有な降水の種類・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・その結果として諷詠者としての作者は、むしろ読者と同水準に立って、その象徴の中に含まれた作者自身を高所からながめるような形になる。 この事と連関してちょっとおもしろい話がある。私の知っているある歌人の話ではその知人の歌人中で自殺した人の数・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・よりほかの語が出て来なかったのである、正直なる余は苟且にも豪傑など云う、一種の曲者と間違らるるを恐れて、ここにゆっくり弁解しておくなり、万一余を豪傑だなどと買被って失敬な挙動あるにおいては七生まで祟るかも知れない、 忘月忘日 人間万事漱・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・そもそも人の私徳を脩むる者は、何故に自信自重の気象を生じて、自ら天下の高所に居るやと尋ぬるに、能く難きを忍んで他人の能くせざる所を能くするが故なり。例えば読書生が徹夜勉強すれば、その学芸の進歩如何にかかわらず、ただその勉強の一事のみを以て自・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ 苟且にも、小説に書く場合には、私自身のことを書いて居ても、決して、私心を以て描くのではない。心持それ自身を、或圏境に於ける、或性格の二十何歳の女は、斯う思った、と、自ら観、書くのだ。本能が観察せずには居ないのですから、と云っても、其は・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・ 勿論虎屋と云っても、別に特別な悪行をしかけたこともなかったが、そう云う名の苟且にもある者に対しての心持は、決して朗らかには行かない。 それがフランクに、友人として、種々のことを話したり、「随分ぼろ家ですからね」と、仮令金高・・・ 宮本百合子 「又、家」
出典:青空文庫