・・・ 午後になると、妹の光子さんが、先に帰ってきました。それからまもなく、次郎さんのくつ音がして、元気よく、「ただいま。」といって、帰ってきました。ちょうど、お母さんは外出なされてお留守でありました。次郎さんは、机が上にあった鉛筆をとり・・・ 小川未明 「気にいらない鉛筆」
・・・ かゝる正義の行使は、今日の社会として、当然持たなければならぬ権利である。なぜならば、児童等は、両親のものなると共に、また社会のものであるからだ。より善き社会の建設は、今日の児童によってのみなされるであろう。故に、社会は、また児童等の生・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・たとえば、失業者及びこれと近い生活をする者をして、日常の必要品たる、家賃を始め、ガス、水道、電気等の料金に至る迄、極めて規則的に強要しつつあるのは、解釈によっては、暴力の行使という他はありません。 さらに、インフレーションにより、当然招・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・すると、この国の皇子にしてやる。」と、じいさんのいった言葉を思い出し、少年は、じいさんにあおうと思って、「眠い町」に旅出をしました。 幾日かの後「眠い町」にきました。けれども、いつのまにか昔見たような灰色の建物は跡形もありませんでし・・・ 小川未明 「眠い町」
・・・と、光子さんはなみだぐみました。 子ちょうはにげようと思って、はばたきをしました。「わたし、お父さんからもらった小刀をあげるから、にがしておやり。」と、光子さんはいいました。「ほんとうにくれる。じゃ、にがしてやるよ。」 子ち・・・ 小川未明 「花とあかり」
・・・それであるから、一概に、絵と文章といずれがまさるかなどといわれないが、文字の表現がいかに人の想像に訴えて、ほしいままに空間に形を描き、声なき声を発し、色なきに、紅紫絢爛、さま/″\な色彩を点ずるかゞ知られるのであります。 学生時代に、そ・・・ 小川未明 「読むうちに思ったこと」
・・・日光の射すのは往来に向いた格子附の南窓だけで、外の窓はどれも雨戸が釘着けにしてある。畳はどんなか知らぬが、部屋一面に摩切れた縁なしの薄縁を敷いて、ところどころ布片で、破目が綴くってある。そして襤褸夜具と木枕とが上り口の片隅に積重ねてあって、・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・と店から声をかけられて、お光は始めて気がつくと、若衆の為さんが用足しから帰ったので、中仕切の千本格子の間からこちらを覗いている。「三吉は今二階だが、何か用かね?」「なに、そんならいいんですが、またどっかへ遊びにでも出たかと思いまして・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・そして、二人目の講師の演説が終った時には、もともと極端に走りやすい私はもう禁酒会員名簿に署名をしていました。そのころ東成禁酒会の宣伝隊長は谷口という顔の四角い人でしたが、私は谷口さんに頼まれて時々演説会場で禁酒宣伝の紙芝居を実演したり、東成・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・なぜ雁次郎横町というのか判らないが、突当りに地蔵さんが祀ってあり、金ぷら屋や寿司屋など食物屋がごちゃごちゃとある中に、格子のはまった小さなしもた家――それが父の家でした。父はもう七十五歳、もう落語もすたっていたのと、自分も語れなくなっていて・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫