・・・ ふと煤煙にすゝけた格子窓のさきから、聞覚えのある声がした。「おや、君等もやられたんか!」窓際にいた留吉は、障子の破れからのぞいて、びっくりして叫んだ。 そこには、他の醤油屋で働いていた同村の連中が、やはり信玄袋をかついで六七人・・・ 黒島伝治 「豚群」
ガラーリ 格子の開く音がした。茶の間に居た細君は、誰かしらんと思ったらしく、つと立上って物の隙からちょっと窺ったが、それがいつも今頃帰るはずの夫だったと解ると、すぐとそのままに出て、「お帰りなさいまし。」と、ぞ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・おもしろきさまの巌よと心留まりて、ふりかえり見れば、すぐその傍の山の根に、格子しつらい鎖さし固め、猥に人の入るを許さずと記したるあり。これこそ彼の岩窟ならめと差し覗き見るに、底知れぬ穴一つようぜんとして暗く見ゆ。さてはいよいよこれなりけりと・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・実際に是の如き公私の中間者の発生は、栄え行こうとする大きな活気ある町には必要から生じたものであって、しかも猫の眼の様にかわる領主の奉行、――人民をただ納税義務者とのみ見做して居る位に過ぎぬ戦乱の世の奉行なんどよりは、此の公私中間者の方が、何・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・というは、隣家にめぐらしてある高いトタン塀から来る反射が、まともにわたしの家の入口の格子をも露地に接した窓をも射るからであった。わたしはまだ日の出ないうちに朝顔に水をそそぐことの発育を促すに好い方法であると知って、それを毎朝の日課のようにし・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・耳に聞く蛙の声はややもすると彼女の父親の方へ――あの父親が晩年の月日を送った暗い座敷牢の格子の方へ彼女の心を誘った。おげんは姉弟中で一番父親に似ているとも言われた。そんなことまでが平素から気になっていた。どうして四十になっても独り立ちの出来・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・と言って、一頃はよく彼女のところへ遊びに通って来た近所の小娘もある。光子さんといって、幼稚園へでもあがろうという年頃の小娘のように、額のところへ髪を切りさげている児だ。袖子の方でもよくその光子さんを見に行って、暇さえあれば一緒に折り紙を・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・私はお勝手で夕食の後仕末をしながら、すっとその気配を背中に感じ、お皿を取落すほど淋しく、思わず溜息をついて、すこし伸びあがってお勝手の格子窓から外を見ますと、かぼちゃの蔓のうねりくねってからみついている生垣に沿った小路を夫が、洗いざらしの白・・・ 太宰治 「おさん」
・・・きっと私を、いま少し出世させてやろうと思って、私の様子を見に来てくれたのにちがいないと、その来客の厚志が、よくわかっているだけに、なおさら、自身のぶざまが、やり切れない。お客が帰って、私は机の前に呆然と坐って、暮れかけている武蔵野の畑を眺め・・・ 太宰治 「鴎」
・・・青扇は茶碗をむりやりに僕に持たせて、それから傍に脱ぎ捨ててあった弁慶格子の小粋なゆかたを坐ったままで素早く着込んだ。僕は縁側に腰をおろし、しかたなく茶をすすった。のんでみると、ほどよい苦味があって、なるほどおいしかったのである。「どうし・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫