・・・ ちょうど日曜で、久しぶりの郊外散策、足固めかたがた新宿から歩行いて、十二社あたりまで行こうという途中、この新開に住んでいる給水工場の重役人に知合があって立寄ったのであった。 これから、名を由之助という小山判事は、埃も立たない秋の空・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・「そうか、私はまた狐の糸工場かと思った。雨あしの白いのが、天井の車麩から、ずらずらと降って来るようじゃあないか。」「可厭、おじさん。」 と捩れるばかり、肩を寄せて、「気味が悪い。」「じゃあ、言直そう。ここは蓮池のあとらし・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・「こちから明日じゅうに確答すると言った口上に対しまた二日間挨拶を待ってくれということが言えるか。明日じゅうに判らぬことが、二日延べたとて判る道理があんめい。そんな人をばかにしたような言を人様にいえるか、いやとも応とも明日じゅうには確答し・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・となると忽ち逍遥博士と交を訂し、続いて露伴、鴎外、万年、醒雪、臨風、嶺雲、洒竹、一葉、孤蝶、秋骨と、絶えず向上して若い新らしい知識に接触するに少しも油断がなかった。根柢ある学問はなかったが、不断の新傾向の聡明なる理解者であった。が、この学問・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・故二葉亭に関する坪内君の厚情は実に言舌を以て尽しがたいほどで、私如きは二葉亭とは最も親密に交際して精神上には非常に誘掖されてるにも関わらず、二葉亭に対していまだかつて何も酬うておらぬ。坪内君に対して実に恥入る。かつまた二葉亭に対して彼ほど厚・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・とは彼等共通の信念であった、彼等がイエスを救主として仰いだのは此世の救主、即ち社会の改良者、家庭の清洗者、思想の高上者として仰いだのではない。殊に来らんとする神の震怒の日に於ける彼等の仲保者又救出者として仰いだのである、「千世経し磐よ我を匿・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・ もう、十七、八になりましたときに、彼は、ある南方の工場で働いていました。しかし、だれでもいつも健康で気持ちよく、暮らされるものではありません。この若者も病気にかかりました。 病気にかかって、いままでのように、よく働けなくなると、工・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
青い、美しい空の下に、黒い煙の上がる、煙突の幾本か立った工場がありました。その工場の中では、飴チョコを製造していました。 製造された飴チョコは、小さな箱の中に入れられて、方々の町や、村や、また都会に向かって送られるのでありました。・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・ されば、聡明な母親は、子供のために、自からの向上を怠ってはならぬ。言うこと、なすことについて、深く反省する必要があります。たとえば、その一例として挙げれば、子供が友達と遊んでいたとする、その子供の様子が汚いからといって、また、その子供・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・ 正義のために殉じ、真理のために、一身を捧ぐることは、もとより、人類の向上にとって、最も貴ぶべく、また正しいことです。しかし、戦争が果して、それであると言い得られるでありましょうか? 少年を持つ親として、このことに考え至る者は、私一・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
出典:青空文庫