・・・頭には勝てぬに相違無いが、内々は其諺通りに地頭を――戦乱の世の地頭、銭ばかり取りたがる地頭を、飴ばかりせびる泣く児のように思っている人民の地、文化は勝れ、学問諸芸遊伎等までも秀でている地の、其の堺の大小路を南へ、南の荘の立派な屋並の中の、分・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ 警視庁の建築工事に働きに行っている労働者の話なんだが、その労働者がこの工事をウンと丈夫に作っておこうと云ったそうだ。ところが仲間に、よせやい、自分の首を絞めるものではないか、いゝ加減にやッつけて置けよとひやかされてしまった。すると、そ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・恵子と似た前からくる女を恵子と思い、友だちといっしょに歩いていたときでもよくきゅうに引き返して、小路へ入った。恵子は大柄な、女にはめずらしく前開きの歩き方をするので、そんな特徴の女に会うと、そのたびに間違ってギョッとした。不快でたまらなかっ・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・暮れから道路工事の始まっていた電車通りも石やアスファルトにすっかり敷きかえられて、橡の並み木のすがたもなんとなく見直す時だ。私は次郎と二人でその新しい歩道を踏んで、鮨屋の店の前あたりからある病院のトタン塀に添うて歩いて行った。植木坂は勾配の・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・霜の来ないうちに早くと、崖の上でも下でも工事を急いだ。 雪が来た。谷々は三月の余も深く埋もれた。やがてそれが溶け初める頃、復た先生は山歩きでもするような服装をして、人並すぐれて丈夫な脚に脚絆を当て、持病のリョウマチに侵されている左の手を・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・大きな工場や、工事中のビルヂィングなぞには、地震でがらがらとつぶされて、一どに何百人という人が下じきになり、うめきさけんでいるところへ、たちまち火がまわって来て、一人ものこらず焼け死んだのがいくつもあります。 多くの人々は、大てい、ソラ・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・下宿と小路ひとつ距て製糸工場が在るのだ。そこの女工さんたちが、作業しながら、唄うのだ。なかにひとつ、際立っていい声が在って、そいつがリイドして唄うのだ。鶏群の一鶴、そんな感じだ。いい声だな、と思う。お礼を言いたいとさえ思った。工場の塀をよじ・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・池のはたの杉の木が、すっかり伐り払われて、何かこれから工事でもはじめられる土地みたいに、へんにむき出しの寒々した感じで、昔とすっかり変っていました。 坊やを背中からおろして、池のはたのこわれかかったベンチに二人ならんで腰をかけ、家から持・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・食の後仕末をしながら、すっとその気配を背中に感じ、お皿を取落すほど淋しく、思わず溜息をついて、すこし伸びあがってお勝手の格子窓から外を見ますと、かぼちゃの蔓のうねりくねってからみついている生垣に沿った小路を夫が、洗いざらしの白浴衣に細い兵古・・・ 太宰治 「おさん」
・・・途中、神社の森の小路を通る。これは、私ひとりで見つけて置いた近道である。森の小路を歩きながら、ふと下を見ると、麦が二寸ばかりあちこちに、かたまって育っている。その青々した麦を見ていると、ああ、ことしも兵隊さんが来たのだと、わかる。去年も、た・・・ 太宰治 「女生徒」
出典:青空文庫