・・・ 伝右衛門は、他人事とは思われないような容子で、昂然とこう云い放った。この分では、誰よりも彼自身が、その斬り捨ての任に当り兼ねない勢いである。これに煽動された吉田、原、早水、堀部などは、皆一種の興奮を感じたように、愈手ひどく、乱臣賊子を・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ 藤井は昂然と眉を挙げた。「あれは先月の幾日だったかな? 何でも月曜か火曜だったがね。久しぶりに和田と顔を合せると、浅草へ行こうというじゃないか? 浅草はあんまりぞっとしないが、親愛なる旧友のいう事だから、僕も素直に賛成してさ。真っ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・いや、耳を借さない所か、彼はその権妻と云う言が大嫌いで、日頃から私をつかまえては、『何しろいくら開化したと云った所で、まだ日本では妾と云うものが公然と幅を利かせているのだから。』と、よく哂ってはいたものなのです。ですから帰朝後二三年の間、彼・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・己がこの己の口で、公然と云い出した事なのだ。「渡を殺そうではないか。」――己があの女の耳に口をつけて、こう囁いた時の事を考えると、我ながら気が違っていたのかとさえ疑われる。しかし己は、そう囁いた。囁くまいと思いながら、歯を食いしばってまでも・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・ 老紳士はこう云って、むしろ昂然と本間さんを一瞥した。本間さんがこれにも、「ははあ」と云う気のない返事で応じた事は、勿論である。すると相手は、嘲るような微笑をちらりと唇頭に浮べながら、今度は静な口ぶりで、わざとらしく問いかけた。「君・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・ 三右衛門は治修にこう問われると、昂然と浅黒い顔を起した。その目にはまた前にあった、不敵な赫きも宿っている。「それは打ち果さずには置かれませぬ。三右衛門は御家来ではございまする。とは云えまた侍でもございまする。数馬を気の毒に思いまし・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・…… 十分ばかり逡巡した後、彼は時計をポケットへ収め、ほとんど喧嘩を吹っかけるように昂然と粟野さんの机の側へ行った。粟野さんは今日も煙草の缶、灰皿、出席簿、万年糊などの整然と並んだ机の前に、パイプの煙を靡かせたまま、悠々とモリス・ルブラ・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ 彼は昂然として、こう云った。そうして、今まで彼につきまとっていた得体の知れない不安が、この沙汰を聞くと同時に、跡方なく消えてしまうのを意識した。今の彼の心にあるものは、修理に対するあからさまな憎しみである。もう修理は、彼にとって、主人・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・ 私は記者の顔をまともに見つめながら、昂然としてこう繰返した。 芥川竜之介 「沼地」
・・・世間は公然、私を嘲り始めました。そうしてまた、私の妻を憎み始めました。現にこの頃では、妻の不品行を諷した俚謡をうたって、私の宅の前を通るものさえございます。私として、どうして、それを黙視する事が出来ましょう。 しかし、私が閣下にこう云う・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
出典:青空文庫