・・・だが私は、最も人間性の発展、独自性、時代性、そこに生じるさまざまの軋轢、抗争の価値を理解する筈の芸術家の生活の中でも、親子の関係は人間的先輩が次代の担いてである若い人間を観るという風に行っていない場合が多く、よきにせよ、あしきにせよ、家長風・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・フランスの運命を好転させた歴史的な戦いであるマルヌの戦闘で、故国のために傷ついた人々は、パリへ後送されてその移動班に助けられたのであった。この放射光線車は軍隊の間で「小キュリー」と親密な綽名で呼ばれた。キュリー夫人は戦争の長びくことが分るに・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・ 抗争摩擦の面をさけてなるべく平和にと心がけられた結果、その努力は一面の成功と同時に、あんまり歴史がすべすべで民族自体の気力を感じさせる溌剌さを欠いている。それは、これまでの調子から離れようとしているときのさけがたいあらわれかもしれない・・・ 宮本百合子 「『くにのあゆみ』について」
・・・ 生きたモデルについて熱心な研究を続ける一方、若いケーテがこのベルリン時代にドイツのシムボリズムの画家として、その構想の奇抜なことや、色感が特別ロマンティックな点などで人々の注目をひいていたクリンガーの影響をも強く受けたことは注目される・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・その芳ばしさは如何にも八月の高燥な暑さや澱みなき日の光と釣り合って、隈なき落付きというような感情を彼女に抱かせる。 ――そうやっていると、彼方の庭までずっと細長く見徹せるやや薄暗い廊下をお清さんがやって来た。白地の浴衣に襷がけの甲斐甲斐・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・丸の内の宏壮な建物を見てもわかるように、保険会社は富んでいるものだが、現在、生命保険会社の支払い方法は、他殺だと保険金詐欺でない限り普通の病死と同じに全額を支払うことになっているのだそうだ。自殺の場合、契約後一年――三年は全く支払わず、三年・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
きょうの時事新報をみたら、先頃渡米した十人の婦人団がニューヨークについて、女子キリスト青年会を訪問した写真がのっている。高層建築が左右からそびえたって空も見えないレキシントン街を背景に、もんぺをぬいだ赤松常子参議員が、白足・・・ 宮本百合子 「この三つのことば」
・・・ 広大な地と、高燥な軽い空気は、自ずと住む人間の心を快活に致します。のみならず、婦人に向っても、何等の差異なしに開かれて居る生活の道程は、我国の婦人の強いられる極端な謙遜も卑屈さも味わせません。 彼等は、仕たい勉強が出来、生きたい形・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 幸福な、而も田舎の子供のようにしかつめらしい顔をした私は、次に工事を終ったばかりの京橋を渡り、第一相互館の宏壮な建物の下に出る。 そこに、私のフェイボリットが二つあった。 一つは、電気器具販売店、一つは、仏蘭西香水の売店。・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・その感情のなかから表現されるときには文学的な構想を与えられて、女の幸福とか人生のより高い姿とかに於て描き出されて来る。一面では常識の先を行っている人々のように思われているだけに、作家・評論家たちが女の中に時々めざめて来るものをなだめている力・・・ 宮本百合子 「職業のふしぎ」
出典:青空文庫