・・・まで、ぎっしりと積上げて、小さな円髷に結った、顔の四角な、肩の肥った、きかぬ気らしい上さんの、黒天鵝絨の襟巻したのが、同じ色の腕までの手袋を嵌めた手に、細い銀煙管を持ちながら、店が違いやす、と澄まして講談本を、ト円心に翳していて、行交う人の・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 遮っていた婆は、今娘の登って来るのを、可恐しい顔で睨め附けたが、ひょろひょろと掴って、冷い手で咽をしめた、あれと、言ったけれども、もう手足は利かず、講談でもよく言うがね、既に危きそこへ。」 十三「上の鳥居の・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・『牡丹燈籠』は『書生気質』の終結した時より較やおくれて南伝馬町の稗史出版社から若林蔵氏の速記したのを出版したので、講談速記物の一番初めのものである。私は真実の口話の速記を文章としても面白いと思って『牡丹燈籠』を愛読していた。『書生気質』や『・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・新派の芝居や喜劇や放送劇や浪花節や講談や落語や通俗小説には、一種きまりきった百姓言葉乃至田舎言葉、たとえば「そうだんべ」とか「おら知ンねえだよ」などという紋切型が、あるいは喋られあるいは書かれて、われわれをうんざりさせ、辟易させ、苦笑させる・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・その発表をきいた時、私は将棋を想いだした。高段者の将棋では王将が詰んでしまう見苦しいドタン場まで指していない。防ぎようがないと判ると潔よく「もはやこれまで」と云って、駒を捨てるのが高段者のたしなみである。「日本も遂にもはやこれまでと言っ・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・駒下駄で顔を殴られ、その駒下駄を錦の袋に収め、朝夕うやうやしく礼拝して立身出世したとかいう講談を寄席で聞いて、実にばかばかしく、笑ってしまったことがあったけれど、あれとあんまり違わない。大芸術家になるのもまた、つらいものである。などと茶化し・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・先生は、昨年の春、同じ学部の若い教授と意見の衝突があって、忍ぶべからざる侮辱を受けたとかの理由を以て大学の講壇から去り、いまは牛込の御自宅で、それこそ晴耕雨読とでもいうべき悠々自適の生活をなさっているのだ。私は頗る不勉強な大学生ではあったが・・・ 太宰治 「佳日」
・・・』――あとの二つは、講談社の本の広告です。近日、短篇集お出しの由、この広告文を盗みなさい。お読み下さい。ね。うまいもんでしょう?私に油断してはいけません。私は貴方の右足の小指の、黒い片端爪さえ知っているのですよ。この五葉の切りぬきを、貴方は・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・う字をやたらに何にでもくっつけて、そうしてそれをどこやら文化的な高尚なものみたいな概念にでっち上げる傾きがあるようで、恋と言ってもよさそうなのに、恋愛、という新語を発明し、恋愛至上主義なんてのを大学の講壇で叫んで、時の文化的なる若い男女の共・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・羽左、阪妻の活躍は、見た眼にも綺麗で、まあ新講談と思えば、講談の奇想天外にはまた捨てがたいところもあるのだから、楽しく読めることもあるけれど、あの、深刻そうな、人間味を持たせるとかいって、楠木正成が、むやみ矢鱈に、淋しい、と言ったり、御前会・・・ 太宰治 「鉄面皮」
出典:青空文庫