・・・両側の家々はなにか荒廃していた。自然力の風化して行くあとが見えた。紅殻が古びてい、荒壁の塀は崩れ、人びとはそのなかで古手拭のように無気力な生活をしているように思われた。喬の部屋はそんな通りの、卓子で言うなら主人役の位置に窓を開いていた。・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・僕が手に一通の手紙を持って後背に来ていた。手紙を見ると、梅子からのである。封を切らないうちにもうそれと知って、首を垂れてジッとすわッて、ちょうど打撃を待っているようである。ついに気を引きたてて封を切った。小さな半きれに認めてある文字は次のご・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・ろただの家といった方が適当な位のものでして、先生は一人、先生を輔佐して塾中の雑事を整理して諸種の便宜を生徒等に受けさせる塾監みたような世話焼が二三人――それは即ち塾生中の先輩でして、そして別に先生から後輩の世話役をしろという任命を受けて左様・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・褐色の土耳古帽子に黒い絹の総糸が長く垂れているのはちょっと人目を側立たせたし、また他の一人の鍔無しの平たい毛織帽子に、鼠甲斐絹のパッチで尻端折、薄いノメリの駒下駄穿きという姿も、妙な洒落からであって、後輩の自分が枯草色の半毛織の猟服――その・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・あやまれあやまれ。後輩の身を以て――。御無礼じゃったぞ。木沢殿に一応、斯様に礼謝せい。」と、でっぷり肥ったる大きな身体を引包む緞子の袴肩衣、威儀堂々たる身を伏せて深々と色代すれば、其の命拒みがたくて丹下も是非無く、訳は分らぬながら身を平・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・破れた土塀と、その朽ちた柱と、桑畠に礎だけしか残っていないところもある。荒廃した屋敷跡の間から、向うの方に小諸町の一部が望まれた。「浅間が焼けてますよ」 と先生は上州の空の方へ靡いた煙を高瀬に指して見せた。見覚えのある浅間一帯の山脈・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 井伏さんが、歩いていると、右から左から後から、所謂「後輩」というものが、いつのまにやら十人以上もまつわりついて、そうかと言って、別に井伏さんに話があるわけでも無いようで、ただ、磁石に引き寄せられる釘みたいに、ぞろぞろついて来るのである・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ あやまった人を愛撫した妻と、妻をそのような行為にまで追いやるほど、それほど日常の生活を荒廃させてしまった夫と、お互い身の結末を死ぬことに依ってつけようと思った。早春の一日である。そのつきの生活費が十四、五円あった。それを、そっくり携帯・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・君たちと、君たちの後輩が、それを創るようになるだろうと思っている。日本には、明治以来たくさんの作家が出ましたが、一つの創作も無かったと言ってよい。創作という言葉は、誰が発明したものかわからないけれども、実にいい言葉だと思う。多くの人は、この・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・たまには、後輩のいうことにも留意して下さい。永野喜美代。」「先日は御手紙有難う。又、電報もいただいた。原稿は、どういうことにしますか。君の気がむいたようにするのが、一番いいと思う。〆切は二十五、六日頃までは待てるのです。小生ただいま居所・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫