・・・商船の甲板でシガアの紫の煙をあげるチーフメートの耳の処で、もしもしお子さんはもう歩いておいでですよ、なんて云って行くんだ。船の上の人たちへの僕たちの挨拶は大抵斯んな工合なんだよ、 上の方を見るとあの冷たい氷の雲がしずかに流れている。そう・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・私は一生けん命で甲板の格子になったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄かに大きな音がして私たちは水に落・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・「今日は何時に公判の運びになっているか。」「本日もやはり晩の七時から二件だけございます。」「そうか。よろしい。それでは今朝は八時から世界長に挨拶に出よう。それからすぐ巡視だ。みんなその支度をしろ。」「かしこまりました。」・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・この小説が後半まで書き進められたとき、作者の心魂に今日のその顔が迫ることはなかったのだろうか。愛と死の現実には、歴史が響き轟いているのである。 武者小路氏はルオウの画がすきで、この画家が何処までも自分というものを横溢させてゆく精力を愛し・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・と呼ばれている人々の記述も広汎な世界の文学の領野にあらわれて来る日があるであろう。その研究の中にも、日本の文学を前進させる力がひそめられていることは疑いはないのである。〔一九三七年十二月〕・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・第二次大戦が勃発してから、エリカ・マンの反ナチ闘争と民主主義のためのたたかいはいっそう広汎におこなわれ、「生への逃亡」ではドイツの亡命知識人の物語を描いた。これらの人々がなにゆえにドイツを去らなければならなかったか、ということについて劇的に・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・新聞関係の人々は、各方面を広汎に、戦時中の社会生活の現実を目撃し、理性ある人間であるからには、それを批評せずにはいられなかった。しかし、その声は完く封じられていた。 今日、こういう過程を経た新聞人の進歩的な要素が、わたしたち人民の、ひろ・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・ いわゆる、マルクス・ボーイ、エンゲルス・ガールという名ができたほど、当時は広汎に小市民層の若い男女がマルクシズムをうけ入れた時代であった。 それらの急進的な若い男女があふれるような活力と感受性とを傾けて、学内の活動などに吸収されて・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・めの強国間の協力、アメリカの公務員法案であるタフト・ハートレー法の撤廃、物価の引下げ、人種的差別の撤廃その他を主張して当選したとき、日本では全人民の生活を破壊したさきの侵略戦争共同謀議者二十五名の判決公判が開かれたのであった。荒木をはじめと・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・汚れをいとわないとか、古くさい結婚の形にしばられない感情の冒険とかいうことの現実をみると、結局は社会の経済生活の崩壊による女性の男への寄生的生活の合理化であり、広汎な売娼生活の合理化だということが分ります。 五 人民的・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
出典:青空文庫