・・・ U氏が最初からの口吻ではYがこの事件に関係があるらしいので、Yが夫人の道に外れた恋の取持ちでもした乎、あるいは逢曳の使いか手紙の取次でもしたかと早合点して、「それじゃアYが夫人の逢曳のお使いでもしたんですか?」というと、「そん・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・が、この晩ぐらい興奮した事は珍らしかった。更ければ更けるほど益々身が入って、今ではその咄の大部分を忘れてしまったが、平日の冷やかな科学的批判とは全く違ったシンミリした人情の機微に入った話をした。二時となり三時となっても話は綿々として尽きない・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・私が、曾て、ロシア人の話を聞いて、感奮した如く、もっとそれよりも、赤裸なる、悲痛な人生に直面して、限りない興奮を感じ、筆を剣にして戦わんとする、斯くの如き真実なる無産派の作家を私は、親愛の眼で眺めずにはいられないのであります。――十月十九日・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・ ある支店長のごときは、旅費をどう工面したのか、わざわざ静岡から出て来て、殆んど発狂同然の状態で霞町の総発売元へあばれ込み、丹造の顔を見た途端に、昂奮のあまり、鼻血を出して、「川那子! この血を啜れ! この血を。おれの血の最後の一滴・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・のだ。その後またちょっと帰ってきては一人生ましたのだ。……がさて、明日からどうして自力でもってこれだけの妻子どもを養って行こうかという当は、やっぱしつかなかった。小僧事件と、「光の中を歩め」の興奮から思いついた継母の手伝いの肥料担ぎや林檎の・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・と老父は言ったが、嫁や孫たちが可哀想だという口吻でもあった。「古いには古い家でごいす。俺が子供の時分の寺小屋だったでなあ。何度も建てなおされた家で、ここでは次男に鍛冶屋させるつもりで買ってきて建てたんだが、それが北海道へ行ったもんで、た・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 話し手の男は自分の話に昂奮を持ちながらも、今度は自嘲的なそして悪魔的といえるかも知れない挑んだ表情を眼に浮かべながら、相手の顔を見ていた。「どうです。そんな話は。――僕は今はもう実際に人のベッドシーンを見るということよりも、そんな・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・この湧き上ってくる衝動と、興奮と、美しく誘うが如きものは何であろう。人生には今や霞がかかり、その奥にあるらしい美と善との世界を、さらに魅力的にしたようである。若き春! 地上には花さえ美しいのにさらに娘というものがある。彼女たちは一体何も・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 如何にも、女に金を貢ぐために、偽せ札をこしらえていたと断定せぬばかりの口吻だ。 彼は弁解がましいことを云うのがいやだった。分る時が来れば分るんだと思いながら、黙っていた。しかし、辛棒するのは、我慢がならなかった。憲兵が三等症にかゝ・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・なんでも僕は、新聞記事を見てだったか、本を読んでだったか、その日興奮していた。話は、はずんだ。僕は、もう十年か十五年もすれば吾々の予期するような時代がやって来るだろう。その時には地主も資本家やその他の、現在に於ける社会的地位が、がらりと変っ・・・ 黒島伝治 「小豆島」
出典:青空文庫