・・・族の者差当り自分の処分に迷うべし仍て余の意見を左に記す一 玄太郎せつの両人は即時学校をやめ奉公に出ずべし一 母上は後藤家の厄介にならせらるるを順当とす一 玄太郎、せつの所得金は母上の保管を乞うべし一 富継健三の養育は柳子殿ニ・・・ 二葉亭四迷 「遺言状・遺族善後策」
・・・水を汲む女に聞けば旅亭三軒ありといわるるに喜びて一つの旅亭をおとずれて一夜の宿を乞うにこよいはお宿叶わずという。次の旅亭に行けば旅人多くして今一人をだに入るる余地なしという。力なくなく次の旅店に至れば行燈に木賃と書きたる筆の跡さえ肉痩せて頼・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ただ口先で、いろいろなことをいって、社会主義だとか、民主主義だとか、しまいにはキリストまで引張り出して恵みを乞う、そういうおかしな、すり変えられた民主主義は真平御免だと思うのです。私どもはロシアの勤労階級の人々と同じ二十世紀の世界歴史の中に・・・ 宮本百合子 「社会と人間の成長」
・・・葬を出す前に、神戸方で三右衛門が遭難当時に持っていた物の始末をした時、大小も当然伜宇平が持って帰る筈であったが、娘りよは切に請うて脇差を譲り受けた。そして宇平がそれを承諾すると、泣き腫らしていた、りよの目が、刹那の間喜にかがやいた。・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ 佐渡の国府は雑太という所にある。正道はそこへ往って、役人の手で国中を調べてもらったが、母の行くえは容易に知れなかった。 ある日正道は思案にくれながら、一人旅館を出て市中を歩いた。そのうちいつか人家の立ち並んだ所を離れて、畑中の道に・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・そを誰か知らん。恋うるも恋うるゆえに恋うるとこそ聞け、嫌うもまたさならん」「あるとき父の機嫌よきをうかがい得て、わがくるしさいいいでんとせしに、気色を見てなかばいわせず。『世に貴族と生れしものは、賤やまがつなどのごとくわがままなる振舞い・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・そこで不老上人に乞うて妃を元の姿に行ないかえしてもらうということが、話の本筋にはいってくる。妃の蘇りにとって障げとなったのは、妃の首の骨がないことであった。王子はその首の骨を取り返すために宮廷に行き、祖父の王の千人の妃の首を切って母妃の仇を・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫