・・・積極的美とはその意匠の壮大、雄渾、勁健、艶麗、活溌、奇警なるものをいい、消極的美とはその意匠の古雅、幽玄、悲惨、沈静、平易なるものをいう。概して言えば東洋の美術文学は消極的美に傾き、西洋の美術文学は積極的美に傾く。もし時代をもって言えば国の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・一寸見ると青年団員か何かかと思われるカーキ色ずくめのその若い男は、汽車が古河という小さい駅に停った時、どうしたわけかグズグズに繩のゆるんだ白布張りの行李を自分でかついで乗り込んで来た。そして、場席はほかのところにいくらも空いているのに、子供・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
・・・龍江には異常な霊の力があって、海に溺れる運命だった弟の命を救ったり、一ぺんも行ったことのない愛人の書斎に、古賀春江の絵と広重の版画とがかかっていて、雪の降る日背中に赤ん坊を背負った男が偶然雪かきをやらせてもらいに来たりするところまでをあてる・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・ その後仲平は二十六で江戸に出て、古賀こがとうあんの門下に籍をおいて、昌平黌に入った。後世の註疏によらずに、ただちに経義を窮めようとする仲平がためには、古賀より松崎慊堂の方が懐かしかったが、昌平黌に入るには林か古賀かの門に入らなくてはな・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・彼らが一つの古雅な壺を見る。その形と色と触感との不思議な美しさは彼らには無関係である。彼らはただその壺の値段を見る。その壺で儲けたある骨董屋の事を考える。同様にまた彼らが一人の美女を見る場合にも、この女の容姿に盛られた生命の美しさは彼らには・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫