・・・常に、自分を鞭打って止まざる至高の感激が、何よりも美であり、この美に対する殉情的精神は虚名と虚偽を忘れしめるからです。 いま、私達と同じように、芸術を見んとする輩が、出でんとしつゝあります。私が、曾て、ロシア人の話を聞いて、感奮した如く・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・そして、人間が醜怪なる実存である限り、いかなるヴェールも虚偽であり、偽善であるとしたのだ。日本の少数の作家も肉体を描く。しかし、描かれた肉体は情緒のヴェールをかぶり、観念のヴェールをかぶり、あるいは文学青年的思考のデカダンスが、描かれた肉体・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・「結果は頓着しません、源因を虚偽に置きたくない。習慣の上に立つ遊戯的研究の上に前提を置きたくない。「ヤレ月の光が美だとか花の夕が何だとか、星の夜は何だとか、要するに滔々たる詩人の文字は、あれは道楽です。彼等は決して本物を見てはいない・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・あるものは持って廻った捏造物だ、あるものは虚偽矯飾の申しわけだ、あるものは楯の半面に過ぎず、あるものはただの空華幻象に過ぎない。自分の知識が白い光をその上に投げると、これらのものは皆その粉塗していた色を失ってしまう、散文化し方便化してしまう・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・黒眼がち、まじめそうな細面の女店員が、ちらと狐疑の皺を眉間に浮べた。いやな顔をしたのだ。嘉七も、はっ、となった。急には微笑も、つくれなかった。薬品は、冷く手渡された。おれたちのうしろ姿を、背伸びして見ている。それを知っていながら、嘉七は、わ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・断片と断片の間をつなごうとして、あの思想家たちは、嘘の白々しい説明に憂身をやつしているが、俗物どもには、あの間隙を埋めている悪質の虚偽の説明がまた、こたえられずうれしいらしく、俗物の讃歎と喝采は、たいていあの辺で起るようだ。全くこちらは、い・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・私は尚も、しつこく狐疑した。甚だ不安なのである。「ああ、陸の上は不便だ。」少年はアンダアシャツを頭からかぶって着おわり、「バイロンは、水泳している間だけは、自分の跛を意識しなくてよかったんだ。だから水の中に居ることを好んだのさ。本当に、・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・かつて叡智に輝やける眉間には、短剣で切り込まれたような無慙に深い立皺がきざまれ、細く小さい二つの眼には狐疑の焔が青く燃え、侍女たちのそよ風ほどの失笑にも、将卒たちの高すぎる廊下の足音にも、許すことなく苛酷の刑罰を課した。陰鬱の冷括、吠えずし・・・ 太宰治 「古典風」
・・・デイアボロス、ベリアル、ベルゼブル、悪鬼の首、この世の君、この世の神、訴うるもの、試むる者、悪しき者、人殺、虚偽の父、亡す者、敵、大なる竜、古き蛇、等である。以下は日本に於ける唯一の信ずべき神学者、塚本虎二氏の説であるが、「名称に依っても、・・・ 太宰治 「誰」
・・・の話で、精神的な高い共鳴と信頼から生れた愛情でもなし、また、お互い同じ祖先の血筋を感じ合い、同じ宿命に殉じましょうという深い諦念と理解に結ばれた愛情でもないという理由から、この王子の愛情の本質を矢鱈に狐疑するのも、いけない事です。王子は、心・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
出典:青空文庫