・・・パーレー万国史、クヮッケンボス文典などという書名を連ねた紙片に過ぎなかったが、それが恐ろしく幼い野心を燃え立たせた。いよいよパーレーを買いに行ったとき本屋の番頭に「たいそうお進みでございますねえ」といわれてひどくうれしがったものである。その・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・かかる場合に用意する黄楊の小櫛を取って先ず二、三度、枕のとがなる鬢の後毛を掻き上げた後は、捻るように前身をそらして、櫛の背を歯に銜え、両手を高く、長襦袢の袖口はこの時下へと滑ってその二の腕の奥にもし入黒子あらば見えもやすると思われるまで、両・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 階下の一室は昔しオルター・ロリーが幽囚の際万国史の草を記した所だと云い伝えられている。彼がエリザ式の半ズボンに絹の靴下を膝頭で結んだ右足を左りの上へ乗せて鵞ペンの先を紙の上へ突いたまま首を少し傾けて考えているところを想像して見た。しか・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・独鈷鎌首水かけ論の蛙かな苗代の色紙に遊ぶ蛙かな心太さかしまに銀河三千尺夕顔のそれは髑髏か鉢叩蝸牛の住はてし宿やうつせ貝 金扇に卯花画白かねの卯花もさくや井出の里鴛鴦や国師の沓も錦革あたまから蒲団かぶれば・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 黒子だらけの顔 いま住んでいる家で二階の南縁に立つと、幾重か屋根瓦の波の彼方に八年ばかり前にいた家の屋根が見える。その家も南向きで、こちらも南があいているから、ひょっとした折、元の家の二階の裏側の一部を眺める・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・そして、それが、文学の大衆性への翹望などというものから湧いている気持ではなくて、当今、人気作家と云われている作家たちは阿部知二、岸田国士、丹羽文雄その他の諸氏の通りみな所謂純文学作品と新聞小説と二股かけていて、新聞小説をかくことで、その作家・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
・・・ 国民学校での教育方針も様々に考慮されているようである。国史のようなものがこれ迄より重視されることも意味はあるだろうけれども、数学・理科をより軽く見る傾きが極端になれば、それは過ぎたるは及ばずにもなる。年限の永さが教育の実質の高さを直接・・・ 宮本百合子 「国民学校への過程」
・・・ 岸田国士氏等によっても、文学及び作家の真の発展のために文壇が今は妨げとなっていることが言われている。これまでの狭い職業組合的な文壇が、個々の作家に与えるものを多く持っていないという事実は誰しもこれを認めなければならない。文壇の外に出る・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・と創作の業績を重ねながら、目前の日本文学一般がおくれていることへの不満のはけくちを、日清戦争後の日本がさらにシベリアへ着目していた当時の国士的な慷慨のなかに見出した。そして、朝日新聞社からロシア視察旅行に赴き、あちらで発病して、明治四十二年・・・ 宮本百合子 「生活者としての成長」
・・・ 私たちは西洋史も東洋史も国史も習って来たわけであった。けれども、今より進歩した欲求で人類の文化の跡を見直したいと思う時それらの知識は散漫なものだと感じられる。わかりやすく、やさしい本ということでコフマンの「世界人類史物語」を軽蔑する必・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
出典:青空文庫