・・・もっとも夫を苦しめないように、彼女も達雄を愛していることだけは告白せずにしまうのですが。 主筆 それから決闘にでもなるのですか? 保吉 いや、ただ夫は達雄の来た時に冷かに訪問を謝絶するのです。達雄は黙然と唇を噛んだまま、ピアノばかり・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・兎に角憎む時も愛する時も、何か酷薄に近い物が必江口の感情を火照らせている。鉄が焼けるのに黒熱と云う状態がある。見た所は黒いが、手を触れれば、忽その手を爛らせてしまう。江口の一本気の性格は、この黒熱した鉄だと云う気がする。繰返して云うが、決し・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・この聖徒も自殺未遂者だったことは聖徒自身告白しています。」 僕はちょっと憂鬱になり、次の龕へ目をやりました。次の龕にある半身像は口髭の太い独逸人です。「これはツァラトストラの詩人ニイチェです。その聖徒は聖徒自身の造った超人に救いを求・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 告白 完全に自己を告白することは何人にも出来ることではない。同時に又自己を告白せずには如何なる表現も出来るものではない。 ルッソオは告白を好んだ人である。しかし赤裸々の彼自身は懺悔録の中にも発見出来ない。メリメは告・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・今夜こそは徹底的に父と自分との間の黒白をつけるまでは夜明かしでもしよう。父はややしばらく自分の怒りをもて余しているらしかったが、やがて強いてそれを押さえながら、ぴちりぴちりと句点でも切るように話し始めた。「いいか。よく聞いていて考えてみ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・私は自分自身の内部生活を反省してみるごとにこの感を深くするのを告白せざるをえない。 かかる場合私の取りうる立場は二つよりない。一つは第三階級に踏みとどまって、その生活者たるか、一つは第四階級に投じて融け込もうと勉めるか。衝動の醇化という・・・ 有島武郎 「想片」
・・・安価なる告白とか、空想上の懐疑とかいう批評のある所以である。 田中喜一氏は、そういう現代人の性急なる心を見て、極めて恐るべき笑い方をした。曰く、「あらゆる行為の根底であり、あらゆる思索の方針である智識を有せざる彼等文芸家が、少しでも事を・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・ その時、もう、これをして、瞬間の以前、立花が徒に、黒白も分かず焦り悶えた時にあらしめば、たちまち驚いて倒れたであろう、一間ばかり前途の路に、袂を曳いて、厚いふきを踵にかさねた、二人、同一扮装の女の童。 竪矢の字の帯の色の、沈んで紅・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 黄昏や、早や黄昏は森の中からその色を浴びせかけて、滝を蔽える下道を、黒白に紛るる女の姿、縁の糸に引寄せられけむ、裾も袂も鬢の毛も、夕の風に漂う風情。 十八「おお、あれは。」「お米でございますよ、あれ、旦・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 六 実は、さきに小春を連れて、この旅館へ帰った頃に、廊下を歩行き馴れたこの女が、手を取ったほど早や暗くて、座敷も辛じて黒白の分るくらいであった。金屏風とむきあった、客の脱すてを掛けた衣桁の下に、何をしていたか、・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
出典:青空文庫