・・・それぞれの人の告白、傷魂の歌とするにとどまらず、せめては当時の日本のインテリゲンチアの負わされている社会的なマイナスの悲劇として、とらえられないことについて心からの遺憾をあらわしていることも、こんにちの同感を誘う。「冬を越す蕾」のきびし・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・人間らしい父と子の情愛の表現にさえ、彼等は生活のしきたりから殺伐な方法をとるしかなく、しかも、その殺伐さをとおして流露しようとする人間らしい父と子の心情を、彼等の支配者が利己と打算のために酷薄にふみにじる姿を描いている。けれども、当時の作者・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・歴史の鏡にうつる姿として今日見れば、婦人についてのそういうさまざまの表現は、とりもなおさず男の気持の裏からの告白であり、女とのいきさつでは男の中にも「あまりにも永い間暴君と奴隷とがかくされていた」ことを計らずも語っていることにもなって来る。・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・始め人家の灯で、黒白縞のドガのような漁師の着物の脊中が見えたかと思うと忽ち闇に吸い込まれた。彼は跣で跫音はせず、令子の下駄だけがトンネルの中で反響を起した。やがて、出口からの光でぼんやり漁師の頭の輪廓が見えるようになった。 開いたところ・・・ 宮本百合子 「黒い驢馬と白い山羊」
・・・ 極めて冷静な酷薄な調子で云った。「この社会には中流人だけあればいいんだよ」「中流人て、たとえばどういう人なんです?」 自分がきいた。「僕らの階級さ!」 自分がいる横のテーブルの上に「メーデー対策署長会議」と厚紙の表・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 此頃は殆ど毎日のように問題となって居る黒白人種の争闘は、心を苦しめます。今度の大戦で、欧州に出征した黒人は、楽しんで還った故国に非常な失望と、憤懣とを感じて居りますでしょう。独逸人は不正な、人類、人道主義の敵であるから殺せと命じられて・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・「大阪では文金高島田、緋縮緬の着物に黒縮緬の帯という芝居の姫君のような濃艶な姿、また京都その他では黒白赤の三枚重ね」と土地柄を見て演出効果を考えていたことも相馬黒光女史の「明治初期の三女性」の中に語られている。明治十六年の秋京都で「女子大演・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・ 書簡註。黒白の漫画絵ハガキの右手にはケムブリッジ案内と書いた部厚な本を抱えた紳士を従えた市長が、胸に授を飾り、脱帽して高貴な訪問者に挨拶している。頭にターンを高くまきつけ、白袍をまとった所謂インド王族がそれに勿体ぶっ・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・その文明にある酷薄な偽善を観破し、終生つきまとった苦悩に足をふみ入れている。 女というものをも、トルストイはツルゲーネフの考えていたように、純情、献身、堅忍と勇気とに恵まれたもの、その気まぐれ、薄情、多情さえ男にとって美しい激情的な存在・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・更に反対の方面を見ると、信仰もなくしてしまい、宗教の必要をも認めなくなってしまって、それを正直に告白している人のあることも、或る種類の人の言論に徴して知ることが出来る。倅はそう云う人は危険思想家だと云っているが、危険思想家を嗅ぎ出すことに骨・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫