・・・それから戸口の戸を叩いた。 戸が開いて、閾の上に小さい娘が出た。年は十六ぐらいである。 ツォウォツキイにはそれが自分の娘だということがすぐ分かった。「なんの御用ですか」と、娘は厳重な詞附きで問うた。 ツァウォツキイは左の手で・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ そして、家に着くと、戸口の処に身体の衰えた男の乞食が、一人彼に背を見せて蹲んでいた。「今日は忙しいのでのう、また来やれ。」 彼が柴を担いだまま中へ這入ろうとすると、「秋か?」と乞食は云った。 秋三は乞食から呼び捨てにさ・・・ 横光利一 「南北」
・・・ 己は直ぐにその明りを辿って、家の戸口に行って、少し動悸をさせながら、戸を叩いた。 内からは「どうぞ」と、落ち着いた声で答えた。 己は戸を開けたが、意外の感に打たれて、閾の上に足を留めた。 ランプの点けてある古卓に、エルリン・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・ 用心して戸口を出て跡を締めた。 それから、跡を追っ掛けて来るものでもあるように、燈の光のぼんやり差している廊下を、寐惚けた役人の前を横切って、急いで通って、出口に来た。 出口の大きな扉の所に来た。 そこを出て、夢中で、これ・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・そこで廊下から西洋風の戸口を通って書斎へはいると、そこは板の間で、もとは西洋風の家具が置いてあったのかもしれぬが、漱石は椅子とか卓子とか書き物机とかのような西洋家具を置かず、中央よりやや西寄りのところに絨毯を敷いて、そこに小さい紫檀の机を据・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫