・・・小市民的な日常と「個性」のうまやにとじこめられていた人類の伸びようとする精神は、二十世紀はじめのフランスのデガダニストたちのように、遂にわが身一つを破り分裂させることにおいてではなく、発展させられる方向が社会主義のうちにこそあるということが・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・だから一九四五年以後にこれらの若い精神がにわかに自己の人間性・個性が社会的に復権することの当然さを発見したとき、さけがたい混乱を生じた。 日本では、一九四五年の八月からあとになって、やっと人間と社会の真実について話ができるようになった。・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・改造文庫で出ているジャック・ロンドンの「野生の呼声」や「ホワイト・ファング」は犬や狼を描いた文学作品の出色のものであるし、キプリングの「ジャングル・ブック」もなかなか豊かな動物と人間の絵巻をひろげている。ハドソンの「ラプラタの博物学者」は、・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・作家の社会的孤立化に対する自覚と警戒、その対策が、文学の大衆化の呼声となって現れて来たのは、本年初頭からのことなのである。 こういう事情でとりあげられているきょうの文学の大衆化の問題について、二つの問題が常にこんぐらがってもち出されて来・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
・・・ 文芸復興の呼声は自身の創作方法としてリアリズムの提唱をしたのであった。しかしながら、その時期これらの人によって言われたリアリズムというものは、前後して日本にも紹介され始めた社会主義的リアリズムの理解とは性質を異にしていた。この人々の云・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・ 不安の文学の瀰漫した呼声、それに絡んで作家の教養とか文章道とかが末技的に云われている一面、その頃の合言葉として更に一つの響があった。人生と文学とにおける高邁な精神という標語である。「高邁なる精神」は横光利一氏とその作品「紋章」をとり囲・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・子供が大喜びの呼声を上げて野原を馳けるように、我を忘れた嬉しさで櫂を動すのでございます。先生、先生は、月夜に立ちのぼる水の、不思議に蠱惑的な薫りを御存じでございますか、扁平な櫂に当って転げる水玉の、水晶を打つ繊細な妙音を御存じでございますか・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・只過ぎて行く瞬間の呼声に、くらまされなければ救われる。本道に即いて行ければ充分の感謝である。私共が努力しなければならない事は、今年やって来年になれば如何うでもいい事ではない筈なのだ。私共の魂に吹き込まれて生れて来たものが其を命じ、その命令の・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
・・・こうして見ると、軍需工業の景気の呼声が高い割に、この職業別でラジオ増大率の低いことも何か納得出来る気がする。重工業の大工場は今更ラジオとさわぎはしないのであるし、景気の煽りで夜業しているような民間小工場では、ラジオをきいている暇もない、であ・・・ 宮本百合子 「「ラジオ黄金時代」の底潮」
・・・ 網目へ両手の指三本引かけて鼻をおっつけたまま子供には呼声が聞えもしない。山高をかぶった父親が小戻りして来た。 ――ジョン! ぎゅっと子供の手首を引っぱって網からはがした。彼の背広の襟の折りかえしが糸になっていた。 午後・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫