・・・遥のかなたに小名木川の瓦斯タンクらしいものが見え、また反対の方向には村落のような人家の尽きるあたりに、草も木もない黄色の岡が、孤島のように空地の上に突起しているのが見え、その麓をいかにも急設したらしい電車線路が走っている。と見れば、わたくし・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・何故また作者はロビンソンをたった一人孤島に上陸させたかったのであろうか。何故十八世紀の作者ディフォーは特に、漂着して元もっていたもの殆ど総てを失ったロビンソンを、生活の歴史の出発点として描きたかったのであろうか。それらのことは、当時の新しい・・・ 宮本百合子 「風俗の感受性」
・・・ 伊織は京都でその年の夏を無事に勤めたが、秋風の立ち初める頃、或る日寺町通の刀剣商の店で、質流れだと云う好い古刀を見出した。兼て好い刀が一腰欲しいと心掛けていたので、それを買いたく思ったが、代金百五十両と云うのが、伊織の身に取っては容易・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
出典:青空文庫