・・・ 口笛だ。小鳥を飼っている近くの散髪屋の小僧だと思う。行一はそれに軽い好意を感じた。「まあほんとに口笛だわ。憎らしいのね」 朝夕朗々とした声で祈祷をあげる、そして原っぱへ出ては号令と共に体操をする、御嶽教会の老人が大きな雪達磨を・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・満目黄葉の中緑樹を雑ゆ。小鳥梢に囀ず。一路人影なし。独り歩み黙思口吟し、足にまかせて近郊をめぐる」同二十二日――「夜更けぬ、戸外は林をわたる風声ものすごし。滴声しきりなれども雨はすでに止みたりとおぼし」同二十三日――「昨夜の風雨にて・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・もまたいつ帰り来て見んことの定め難く、また再び見ることかなうまじきやこれまた計り難ければ、今日は半日この辺りを歩みて一年と五月の間、わが慰めとなり、わが友となり、わが筆を教え、わが情を養いし林や流れや小鳥にまでも別れを告げばやとかくは装衣ち・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・樹の倒れる音響に驚いて小鳥がけたたましく囀って飛びまわる。……山仕事の方がどれだけ面白いかしれない……「チェッ…………どうなりゃ!」 古江は、きらりとすごい眼つきをした。京一は、桃桶を袋の口にあてがいはずして、諸味を土の上にこぼした・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・ こんなところを今頃うろつくのは、哀れな鳥か獣か。小鳥では無いまでも、いずれ暖い洞窟が待っているのでは無い獣でもあるか。 薄筵の一端を寄せ束ねたのを笠にも簑にも代えて、頭上から三角なりに被って来たが、今しも天を仰いで三四歩ゆるりと歩・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・長いこと養って来た小鳥の巣から順に一羽ずつ放してやってもいいような、そういう日がすでに来ているようにも思えた。しかし私も、それを言い出してみるまでは落ちつかなかった。 ちょうど、三郎は研究所へ、末子は学校へ、二人とも出かけて行ってまだ帰・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・学生等は幹に隠れ、枝につかまり、まるで小鳥かなんどのようにその下を遊び廻って戯れた。「広岡先生も随分関わない人ですネ」 と高瀬が桜井先生と正木大尉との居る前で言うと、大尉は笑って、「関わないんじゃなくて、関えないんでしょう……」・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・そうしておけば、小鳥が来て食べます。これはお母さんからおそわったことでした。 男の子はふたたびどんどん歩きました。そして、ようやくのことで、たかい、まっ青な、いつも見る岡の下へつきました。男の子はその岡を上っていきますと、れいのお家があ・・・ 鈴木三重吉 「岡の家」
北の国も真夏のころは花よめのようなよそおいをこらして、大地は喜びに満ち、小川は走り、牧場の花はまっすぐに延び、小鳥は歌いさえずります。その時一羽の鳩が森のおくから飛んで来て、寝ついたなりで日をくらす九十に余るおばあさんの家・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・小川の囁き、村の人達の声、船頭の歌や木々のさわめき、小鳥の囀り等は皆混り合い、彼女の心のときめきと一つのものになりました。其等の音は、スバーの落付かない魂に打ちよせる、一つの広い響の波となります。此自然の囁き動きこそ、唖の娘の言葉でした。長・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
出典:青空文庫