・・・のになったのじゃあるまいか―― かがやかしいシリンクス――、私の命の――何とか云うて下され何とでも思うままに……精女第三の精霊 だまってござるナ、何故じゃ、私のこのやぶけそうに波打って居る鼓動がお主にはきこえなんだか、この様にふ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・心は、些も中心人物と共に鼓動していない。当然、見物より先に傾注し、活々とした反応を示すべき周囲が、冷やかに納り込んで、一人舞台の芸を種々な感情で観察でもしているように見えるのはどういうものだろう。切角イサベルが興奮し、熱烈になっても、何処に・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・ 政が帰ってからも栄蔵は非常に興奮して耳元で鼓動がするのを感じて居た。 お節を前に置いて栄蔵は、政を罵って居るうちにフトお節の懐に何か手紙の入って居るのを見つけた。「何んやお前の懐に入っとる手紙は、 早うお見せ。・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 指の先まで鼓動が伝わって来る様で旅費のお札をくる時意くじなくブルブルとした。 今頃私が立つ様になろうとは思って居なかった祖母は私に下さるお金をくずしにすぐそばの郵便局まで行って下すった。 四角い電燈の様なもののささやかな灯影が・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・それはわたしたちの鼓動のようなものでしょう。わたしたちのなかにあります。そしてわたしたちを活かし、わたしたちの血液を運び人生に不抜の根柢を与えてゆく、その心臓のようなものであろうと思います。生きてゆくことがいつも自分にわかっている。何をしよ・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・を生もうと欲する思いの根柢には、つねに今まで在るものではないもっと切実な、もっと真実に迫った人間感動をつたえたい衝動があって、その地熱のようなものは、個々の人のあらゆる具体的な血管を通じてじかに歴史の鼓動とともに生きている。 女の場合に・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・モナ・リザの成熟した芳しい女性としての全存在には、あのように深い愁をもったまなざしでどこかを見つめずにはいられない熱い思いがあり、あの優美な手を、そのゆたかな胸におき添えずにはいられない鼓動のつよさがあったのだと思う、そして、また、レオナル・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・ その熱と、その水とに潤されて、地の濃やかな肌からは湿っぽい、なごやかな薫りが立ちのぼり、老木の切株から、なよなよと萌え出した優雅な蘖の葉は、微かな微かな空気の流動と自分の鼓動とのしおらしい合奏につれて、目にもとまらぬ舞を舞う。 こ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・作家として、ロシアの歴史、民衆というもの、新社会というものに対する心持の内部的組立てが変ってしまい、日常の感動が新鮮な脈うちで彼の正直な、老いても猶純な血液を鼓動させる裡で、ゴーリキイはソレント生活の気分の中で、考照し、追憶したロシア民衆を・・・ 宮本百合子 「長篇作家としてのマクシム・ゴーリキイ」
・・・ 此の次はどんな声がするだろうと思うと、急に心臓の鼓動は激しくなり喉元で息をしながら動きもしずに立ちすくんで居ると、急に明るい光りが薄い瞼を透して感じられたのでハット思って目をあくと、目の前にはいつもより大変大きく見えた母が立って居た。・・・ 宮本百合子 「追憶」
出典:青空文庫