・・・二人の間の茶ぶ台には、大抵からすみや海鼠腸が、小綺麗な皿小鉢を並べていた。 そう云う時には過去の生活が、とかくお蓮の頭の中に、はっきり浮んで来勝ちだった。彼女はあの賑やかな家や朋輩たちの顔を思い出すと、遠い他国へ流れて来た彼女自身の便り・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 目も夜鳥ぐらい光ると見えて、すぐにね、あなた、丼、小鉢、お櫃を抱えて、――軒下へ、棚から落したように並べて、ね、蚊を払い(お菜漬私もそこへ取着きましたが、きざみ昆布、雁もどき、鰊、焼豆府……皆、ぷんとむれ臭い。(よした、よした、大餒え・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・と言い棄てに、ちょこちょこと板の間を伝って、だだッ広い、寒い台所へ行く、と向うの隅に、霜が見える……祖母さんが頭巾もなしの真白な小さなおばこで、皿小鉢を、がちがちと冷い音で洗ってござる。「買っとくれよ、よう。」 と聞分けもなく織次が・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・またそのお誓はお誓で、まず、ほかほかへ皿小鉢、銚子を運ぶと、お門が違いましょう。で、知りませんと、鼻をつまらせ加減に、含羞んで、つい、と退くが、そのままでは夜這星の方へ来にくくなって、どこへか隠れる。ついお銚子が遅くなって、巻煙草の吸殻ばか・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・屋根に、六つか七つぐらいの植木の小鉢が置いてあったのを見て私は、雁治郎横丁を想い出した。雁治郎横丁は千日前歌舞伎座横の食物路地であるが、そこにもまた忘れられたようなしもた家があって、二階の天井が低く、格子が暑くるしく掛っているのである。そし・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・と手伝いの意を申し出でたが、柳吉は、「小鉢物はやりまっけど、天婦羅は出しまへん」と体裁よく断った。種吉は残念だった。お辰は、それみたことかと種吉を嘲った。「私らに手伝うてもろたら損や思たはるのや。誰が鐚一文でも無心するもんか」 お互いの・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 女はたちまち帰り来りしが、前掛の下より現われて膳に上せし小鉢には蜜漬の辣薑少し盛られて、その臭気烈しく立ち渡れり。男はこれに構わず、膳の上に散りし削たる鰹節を鍋の中に摘み込んで猪口を手にす。注ぐ、呑む。「いいかエ。「素敵だッ、・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・ 女の子は暫くもじもじしていたが、やがて、雲呑の小鉢を下へ置き、肘のなかの花束からおおきい蕾のついた草花を一本引き抜いて、差しだした。くれてやるというのである。 彼女がその屋台を出て、電車の停留場へ行く途中、しなびかかった悪い花を三・・・ 太宰治 「葉」
・・・代赭色の小鉢に盛り上がった水苔から、青竹箆のような厚い幅のある葉が数葉、対称的に左右に広がって、そのまん中に一輪の花がややうなだれて立っている。大部分はただ緑色で、それに濃い紫の刷毛目を引いた花冠は、普通の意味ではあまり美しいものではないが・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・勝手の方では、いっも居眠りしている下女が、またしても皿小鉢を破したらしい物音がする。炭団はどうやらもう灰になってしまったらしい。先生はこういう時、つくづくこれが先祖代々日本人の送り過越して来た日本の家の冬の心持だと感ずるのである。宝井其角の・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫