・・・マルテロはわしは御馳走役じゃと云うて蝋燭の火で煮焼した珍味を振舞うて、銀の皿小鉢を引出物に添える」「もう沢山じゃ」とウィリアムが笑いながら云う。「ま一つじゃ。仕舞にレイモンが今まで誰も見た事のない遊びをやると云うて先ず試合の柵の中へ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 品川の伯父さんは、良人が留守な姪の子たちを丈夫にしてやろうと、大磯の妙大寺という寺の座敷を一夏借りて、皿小鉢のようなものまで準備された。 西村の祖母、母、子供三人の同勢はそこへ出かけて、子供らは、生れてはじめて海岸の巖の間で波と遊・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・生活の中にある美しさについて云うならば、それはごくあたり前の、必要から幾箇かの皿小鉢、何枚かの盆をつかって暮している人々の、その皿に、その盆に、どんな暖い心がこめられているかというところこそ見られて行かなければなるまいと思う。そういう何でも・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・ × 洗いざらしだが、さっぱりした半股引に袖なしの××君は、色のいい茄子の漬物をドッサリ盛った小鉢へ向って筵の上へ胡坐を掻き、凝っときいている。やがて静かな、明晰な口調で、「どうだ、今夜居られるかね?」と訊いた。「僕・・・ 宮本百合子 「飛行機の下の村」
・・・水道のところへ行って、自分たちの使った茶のみと、そこに漬けてあった二つ三つの皿小鉢を洗った。わきの窓から、建物だけ出来てまだ内部設備がされていない別の一棟が眺められた。その棟の空虚な窓々は、秋の午後に寂しく見えた。 ――しかし、思えば、・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 祖父は倒産した家を始末する時、祖母の分としては、家じゅうの小鉢と壺と食器とをやっただけであった。年より夫婦は茶から、砂糖から、聖像の前につける燈明油まで、胸がわるくなるほどきっちり半分ずつ出しあって暮しはじめた。その出し前について、い・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・が、祖父は財産分配の時、祖母に家じゅうの小鉢と壺と食器とを分けただけなのである。祖母は昔ならったレース編を再びやり出した。ゴーリキイも、「銭を稼ぎはじめた。」 休日ごとにゴーリキイは袋をもって家々の中庭の通りを歩き、牛の骨、ぼろ、古釘な・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
・・・夜具一枚、布団一枚、皿小鉢から下駄一足、傘一本、バケツ一箇に至るまでの損耗がふくまれている。その荒廃の中に、何とかして再び生活を組立ててゆく私たちの努力、辛苦は、資材難、輸送難、すべて最悪の事情の下に、これらの数字が、何百倍になっても表し切・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・葛と銀杏の小鉢が蹴り倒された。勘次は飛び起きた。そして、裏庭を突き切って墓場の方へ馳け出すと、秋三は胸を拡げてその後から追っ馳けた。二 本堂の若者達は二人の姿が見えなくなると、彼らの争いの原因について語合いながらまた乱れた配・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫