・・・「おっと、零れる零れる。何しろこうしてお光さんのお酌で飲むのも三年振りだからな。あれはいつだったっけ、何でも俺が船へ乗り込む二三日前だった、お前のところへ暇乞いに行ったら、お前の父が恐ろしく景気つけてくれて、そら、白痘痕のある何とかいう・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 老人は、机のはしに、丸い爪を持った指の太い手をついて、急に座ると腰掛が毀れるかのように、腕に力を入れて、恐る/\静かに坐った。 朝鮮語の話は、傍できいていると、癇高く、符号でも叫んでいるようだった。滑稽に聞える音調を、老人は真面目・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 地震があれば壊れるような家を建てて住まっていれば地震の時に毀れるのは当り前である。しかもその家が、火事を起し蔓延させるに最適当な燃料で出来ていて、その中に火種を用意してあるのだから、これは初めから地震に因る火災の製造器械を据付けて待っ・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・必要がなくなれば自然に毀れる。唯、利益、存在の意義の軽重によって、それが予期したより十年前に自ら倒れるか、十年後に倒れるかである。またオリヂナルの方が早く自然に滅亡するか、イミテーションの方が先に滅亡するかであって、大した違いはない。片方だ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・吉里の眼にはらはらと涙が零れると、平田はたまらなくなッてうつむいて、深く息を吐いて涙ぐんだ。 西宮は二人の様子に口の出し端を失い、酒はなし所在はなし、またもや次の間へ声をかけた。「おい、まだかい」「ああやッと出来ましたよ」と、小・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫