・・・ そこで犬は小股に歩いて、百姓の側へ行掛かった。しかしその間に百姓の考が少し変って来た。それは今まで自分の良い人だと思った人が、自分に種々迷惑をかけたり、自分を侮辱したりした事があると思い出したのだ、それで心持が悪くなって訳もなく腹を立・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・(――同町内というではないが、信也氏は、住居 小浜屋の芸妓姉妹は、その祝宴の八百松で、その京千代と、――中の姉のお民――――小股の切れた、色白なのが居て、二人で、囃子を揃えて、すなわち連獅子に骨身を絞ったというのに――上の姉のこ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・中肉で、脚のすらりと、小股のしまった、瓜ざね顔で、鼻筋の通った、目の大い、無口で、それで、ものいいのきっぱりした、少し言葉尻の上る、声に歯ぎれの嶮のある、しかし、気の優しい、私より四つ五つ年上で――ただうつくしいというより仇っぽい婦人だった・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ あの歩の運びは、小股がきれて、意気に見える。斑は、また飛びしさった。白鷺が道の中を。…… ――きみ、――きみ――「うっかり声を出して呼んだんだよ、つい。……毒虫だ、大毒だ。きみ、哺えてはいけないと。あの毒は大変です、その卵のく・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ただ一重の布も、膝の下までは蔽わないで、小股をしめて、色薄く縊りつつ、太脛が白く滑かにすらりと長く流に立った。 ひたひたと絡る水とともに、ちらちらと紅に目を遮ったのは、倒に映るという釣鐘の竜の炎でない。脱棄てた草履に早く戯るる一羽の赤蜻・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・「そりゃ奥さんもいいでしょうが、たまには小股の切れ上った年増の濃厚なところも味ってみるもんですよ。オールサービスべたモーション。すすり泣くオールトーキ」と歌うように言って、「――ショートタイムで帰った客はないんだから」 色の蒼白・・・ 織田作之助 「世相」
・・・なるほど要太郎は一心に田の中の一点を凝視めてその点のまわりを小股に走りながらまわっている。網の竿をのばしたと思うと急に足を早めて網を投げた。黒いものが立つと思うと網にかかった。バタ/\している。要太郎も走る。精も走る。綺麗な鴫だ。ドレドレと・・・ 寺田寅彦 「鴫つき」
・・・碌さんは小さな体躯をすぼめて、小股に後から尾いて行く。尾いて行きながら、圭さんの足跡の大きいのに感心している。感心しながら歩行いて行くと、だんだんおくれてしまう。 路は左右に曲折して爪先上りだから、三十分と立たぬうちに、圭さんの影を見失・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ 素朴な云い方をもってすれば、私は、石坂洋次郎氏や横光氏その他の野望的な作家が、プロレタリア文学に対立することで、実はプロレタリア文学を敗北せしめたと全く同じ性質の日本的事情に、形こそ違えやっぱり小股をすくわれていたのだという事実に対し・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・ 店の繁盛なことや、暮しのいいことなどを、しまいに唇の角から唾を飛ばせながら喋る番頭の傍について、在の者のしきたり通り太い毛繻子の洋傘をかついだ禰宜様は、小股にポクポクとついて行ったのである。 海老屋では、家事を万事とりしきってして・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫