・・・ 土の少なくなったのに手を泥まびれにして畑の土を足したり枯葉をむしったりした。 けれ共今はもうあき掛って居る。 あんまり騒がなくなった四五日前から前よりも一層ひどく髪が抜ける様になった。 女中に「抜毛を竹の根元に埋めると倍に・・・ 宮本百合子 「秋毛」
・・・一太が下駄を引ずって歩くと、その辺一面散っているポプラの枯葉がカサカサ鳴った。一太は、興にのって、あっちへ行っては下駄で枯葉をかき集めて来、こっちへ来てはかきよせ、一所に集めて落葉塚を拵えた。一太の家の方と違い、この辺は静かで一太が鳴らす落・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・新経済政策は、農民には場合によって八時間以上の労働と、土地の貸借、他人の労力の雇傭、生産品の自由売買其他を許した。反動的な農民は、当時ソレ見ろとばかり心で手を打った。富農は土地の賃貸をはじめ――再び富農に搾取される小作人がソヴェトの耕地に現・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・軽井沢近くまではどうか斯うが無事に来たが、沓かけ駅から一つ手前で、窓から小用をした人が、客車の下に足を見つけ、多分バク弾を持った朝鮮人がかくれて居るのだろうとさわぎ出す。前日軽井沢で汽車をテンプクさせようとした鮮人が捕ったところなので皆、さ・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ 縦横に行き違っている太い、細い、樹々の根の網の間には、無数の虫螻が、或は暖く蟄し、或はそろそろと彼等の殻を脱ぎかけ、落積った枯葉の厚い層の奥には、青白いまぼろしのような彼等の子孫が、音もない揺籃の夢にまどろんでいるだろう。 掘り出・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・プラタナスの枯葉がきょうのすこし強い風にふきおとされて雨にぬれた歩道に散っていました。日比谷公園では例年のとおり菊花大会をやっています。用事で公園をいそぎ足にぬけていたら、いかにも菊作りしそうな小商人風の小父さんが、ピンと折れ目のついた羽織・・・ 宮本百合子 「二人の弟たちへのたより」
・・・ けれども、本当に自主的な自覚のある勤労者として、今の日本の、民主化とは皮肉悪辣に逆行している出版事情を観察した場合、働くものの鋭い見識と実力の発揮は、単純に、経営者対被雇傭者の経済問題だけに局限されているはずのものなのだろうか。自分の・・・ 宮本百合子 「文化生産者としての自覚」
・・・樫の枯葉が背中にはりつく。人さえ通ると、ああこれは冷たい、居心地わるい、悲しい、犬でも悲しい。と訴えるように、人間じみた斑の顔を動かして吠える――遠吠えの短いのをする。鎖を鳴しつつ、危い屋根の上で脚を踏みかえ、ブルブルと佗しさあまる身震いを・・・ 宮本百合子 「吠える」
・・・外の女ならこんな時手水にでも起きるのだが、お金は小用の遠い性で、寒い晩でも十二時過ぎに手水に行って寝ると、夜の明けるまで行かずに済ますのである。お金はぼんやりして、広間の真中に吊るしてある電灯を見ていた。女中達は皆好く寐ている様子で、所々で・・・ 森鴎外 「心中」
壱 小倉の冬は冬という程の事はない。西北の海から長門の一角を掠めて、寒い風が吹いて来て、蜜柑の木の枯葉を庭の砂の上に吹き落して、からからと音をさせて、庭のあちこちへ吹き遣って、暫くおもちゃにしていて、と・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫