・・・けれども、この純粋の愛の貪慾のまえには、どんな刑罰も、どんな地獄の業火も問題でない。私は私の生き方を生き抜く。身震いするほどに固く決意しました。私は、ひそかによき折を、うかがっていたのであります。いよいよ、お祭りの当日になりました。私たち師・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・鎌倉に下車してから私は、女にお金を財布ぐるみ渡してしまいましたが、女は、私の豪華な三徳の中を覗いて、あら、たった一枚? と小声で呟き、私は身を切られるほど恥かしく思ったのを忘れずに居る。私は、少しめちゃめちゃになって、おれはほんとうは二十六・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・あんな豪華な酒宴は無かった。一人が一升瓶一本ずつを擁して、それぞれ手酌で、大きいコップでぐいぐいと飲むのである。さかなも、大どんぶりに山盛りである。二十人ちかい常連は、それぞれ世に名も高い、といっても決して誇張でないくらいの、それこそ歴史的・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・おう、こりゃまた豪華だね。多すぎるぞ、これあ。これで、全部でございます。 全部? お母さんは? 食べないのか?あの、わたくしどもは、ごはんはもう、すみました。そうか。(矢庭久しぶりの平目じゃないか。お母さんにも、お前にも、み・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・私は、またそれをよいことにして、貧ゆえでなく、いや、それもあるが、わざと窓にカアテンを取り附けず、この朝日の直射を、私の豪華な目ざまし時計と誇称して、日光の氾濫と同時に跳ね起きる。早起は、このようにして、どうやら無事であるが、早寝には、閉口・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・すこし豪華な、ありがたい気持になる。自分が可愛くなる。」「女中がそっとはいって来て、お床は? ということになる。」「はね起きて、二つだよ、と快活に答える。ふと、お酒を呑みたく思うが、がまんをする。」「そろそろ女のひとがかえって来・・・ 太宰治 「雌に就いて」
・・・ それから数日後、お城では豪華な婚礼の式が挙げられました。その夜の花嫁は、翼を失った天使のように可憐に震えて居りました。王子には、この育ちの違った野性の薔薇が、ただもう珍らしく、ひとつき、ふたつき暮してみると、いよいよラプンツェルの突飛・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・この身は田舎の豪家の若旦那で、金には不自由を感じなかったから、ずいぶんおもしろいことをした。それにあのころの友人は皆世に出ている。この間も蓋平で第六師団の大尉になっていばっている奴に邂逅した。 軍隊生活の束縛ほど残酷なものはないと突然思・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・かの国の有名な画廊にある名画の複製や、アラビアンナイトとデカメロンの豪華版や、愛書家の涎を流しそうな、芸術のための芸術と思われる書物が並んでいて、これにはちょっと意外な感じもした。そのほかになかなか美しい人形や小箱なども陳列してあったが、い・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・ 二 今ではどうだか知らないが、私の国では村の豪家などで男子が生まれると、その次の正月は村じゅうの若い者が寄って、四畳敷き六畳敷きの大きな凧をこしらえてその家にかつぎ込む。そしてそれに紅白、あるいは紺と白と継ぎ分・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
出典:青空文庫