・・・ 僕等は少時待った後、護国寺前行の電車に乗った。電車は割り合いにこまなかった。K君は外套の襟を立てたまま、この頃先生の短尺を一枚やっと手に入れた話などをしていた。 すると富士前を通り越した頃、電車の中ほどの電球が一つ、偶然抜け落ちて・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・ 雨乞の雨は、いずれも後刻の事にして、そのまま壇を降ったらば無事だったろう。ところが、遠雷の音でも聞かすか、暗転にならなければ、舞台に馴れた女優だけに幕が切れない。紫玉は、しかし、目前鯉魚の神異を見た、怪しき僧の暗示と讖言を信じたのであ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 時めく婿は、帽子を手にして、「後刻、お伺いする処でした。」 驚破す、再び、うぐい亭の当夜の嫖客は――渠であった。 三人のめぐりあい。しかし結末にはならない。おなじ廓へ、第一歩、三人のつまさきが六つ入交った時である。 落・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・男体山麓の噴火口は明媚幽邃の中禅寺湖と変わっているがこの大噴火口はいつしか五穀実る数千町歩の田園とかわって村落幾個の樹林や麦畑が今しも斜陽静かに輝いている。僕らがその夜、疲れた足を踏みのばして罪のない夢を結ぶを楽しんでいる宮地という宿駅もこ・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・北方の一孤島に於いて見事に玉砕し、護国の神となられた。 三田君が、はじめて私のところへやって来たのは、昭和十五年の晩秋ではなかったろうか。夜、戸石君と二人で、三鷹の陋屋に訪ねて来たのが、最初であったような気がする。戸石君に聞き合せると更・・・ 太宰治 「散華」
・・・このすずめの分布は五穀の分布でだいたいは説明ができそうである。人間は金のある所へ寄るが鳥獣の分布はやはり「すぐに取って食える食物」の分布できまるものらしい。 星野に小さな水力発電所がある。六十五キロだそうである。これくらいのかわいいのだ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・たとえば、五穀の豊饒を祈り、風水害の免除をいのり、疫病の流行のすみやかに消熄することを乞いのみまつったのである。かくして民族の安寧と幸福を保全することが為政者の最も重要な仕事の少なくも一部分であったのである。 この重要な仕事に連関して天・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ クリスマスの用意に鵞鳥をつかまえてひざの間にはさんで首っ玉をつかまえて無理に開かせた嘴の中へ五穀をぎゅうぎゅう詰め込む。これは飼養者の立場である。鵞鳥の立場を問題にする人があらばそれは天下の嘲笑を買うに過ぎないであろう。鵞鳥は商品であ・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・ 雑草の内にはわれわれの栽培している五穀や野菜や観賞植物とよく似通ったものがはなはだ多い。もしこれらの雑草を特にかわいがって培養し教育して行ったら、何代かの後にはかえって現在の有用植物よりももっと有用なものができうる可能性はないものだろ・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・「吉里さん、後刻に遊びにおいでよ」と、小万は言い捨てて障子をしめて、東雲の座敷へ急いで行ッてしまった。 その日の夜になッても善吉は帰らなかッた。 夜の十一時ごろに西宮が来た。吉里は小万の室へ行き、平田が今夜の八時三十分の汽車で出・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫