・・・「これは護身用の指環なのよ。」 カッフェの外のアスファルトには、涼しい夏の夜風が流れている。陳は人通りに交りながら、何度も町の空の星を仰いで見た。その星も皆今夜だけは、…… 誰かの戸を叩く音が、一年後の現実へ陳彩の心を喚び返した・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・鳥打帽の皺びた上へ手拭の頬かむりぐらいでは追着かない、早や十月の声を聞いていたから、護身用の扇子も持たぬ。路傍に藪はあっても、竹を挫き、枝を折るほどの勢もないから、玉江の蘆は名のみ聞く、……湯のような浅沼の蘆を折取って、くるくるとまわしても・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・て始めて得るべきものであって、単に金銭の力のみでは到底得ることは出来ぬ、予を以て見れば、現時上流社会堕落の原因は、 幸福娯楽、人間総ての要求は、力殊に金銭の力を以て満足せらるるものと、浅薄な誤信普及の結果である。澄むの難く濁るの易・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・もし、かく思うならば、誤信にすぎないのであります。なぜなら、彼等は、自ら生存し、自ら楽しみ、自ら種族を遺す自由を有しているからです。 曾て、彼等の祖先によって、この地球が征服されていた時代があったことを考えなければならぬ。そして、また気・・・ 小川未明 「天を怖れよ」
・・・「眼中仁なき悪徳医師」「誤診と投薬」「薬価二十倍」「医者は病気の伝播者」「車代の不可解」「現代医界の悪風潮」「只眼中金あるのみ」などとこれをちょっと変えれば、そのまま川那子メジシンに適用できるような題目の下に、冒頭からいきなり――現代の医者・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・「午后は第一学年は修身と護身、第二学年は狩猟術、第三学年は食品化学と、こうなっていますがいずれもご参観になりますか。」「さあみんな拝見いたしたいです。たいへん面白そうです。今朝からあがらなかったのが本当に残念です。」「いや、いず・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・ その人が、それによって自分を愛しているのだと誤信するように成れば、自己にとって許すべからざる誤りは二重に成る訳です。「彼」に対する愛に、自分は面も向け得ない冒涜を感じずにはいられません。 そういう時、若し、苦悩や悔恨の鞭を感じ・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
出典:青空文庫