・・・須永というあまり香ばしからぬ役割の作中人物の所業としてそれが後世に伝わることになってしまった。そのせいではないが往来で葉巻を買って吸付けることはその時限りでやめてしまった。 ドイツからパリへ行ったら葡萄酒が安い代りに煙草が高いので驚いた・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・人間の感官の窓を通して入り込んで来る物を悟性や理性によって分析し綜合して織り出された文化の華である。それであるのに科学と芸術とは一見没交渉な二つの天地を劃しているように思われる。このような区別はどこから来たものであろうか。 吾人が事象に・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・其時かれは日本でどんなに腕を揮ったって、セント・ポールズの大寺院のような建築を天下後世に残すことは出来ないじゃないかとか何とか言って、盛んなる大議論を吐いた。そしてそれよりもまだ文学の方が生命があると言った。元来自分の考は此男の説よりも、ず・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
・・・文芸に従事するものはこの意味で後世に伝わらなくては、伝わる甲斐がないのであります。人名辞書に二行や三行かかれる事は伝わるのではない。自分が伝わるのではない。活版だけが伝わるのであります。自己が真の意味において一代に伝わり、後世に伝わって、始・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・昔、ペルシヤ戦争に於てギリシヤの勝利が今日までのヨーロッパ世界の文化発展の方向を決定したと云われる如く、今日の東亜戦争は後世の世界史に於て一つの方向を決定するものであろう。 今日の世界的道義はキリスト教的なる博愛主義でもなく、又支那・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・ もしも維新の一挙、当初に失敗したらば、この輩はただ世の騒乱を好みて平安をいとう者とて、天下後世の評論を受け、あるいはその寃を訴うるによしなきを知るべからずといえども、偶然に今日の事実を見ればこそ、前年に乱を好みしは、その心事の本色に非・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・ 聖人の本意は、後世より測り知るべからざるものとして、しばらくこれを擱き、その聖人の道と称して、数百年も数千年も、儒者のこれを人に教えて、人のこれを信じたる趣をみれば、欠点、はなはだ少なからず。就中、その欠点の著しきものは、孝悌忠信、道・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・されど真淵一派は『万葉』を解きて『万葉』を解かず、口には『万葉』をたたえながらおのが歌は『古今』以下の俗調を学ぶがごときトンチンカンを演出して笑を後世に貽したるのみ。『万葉』が遥に他集に抽んでたるは論を待たず。その抽んでたる所以は、他集の歌・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・もし時代をもって言えば国の東西を問わず、上世には消極的美多く後世には積極的美多し。されば唐時代の文学より悟入したる芭蕉は俳句の上に消極の意匠を用うること多く、従って後世芭蕉派と称する者また多くこれに倣う。その寂といい、雅といい、幽玄といい、・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ ずっと後世になりヨーロッパの中世にあたる日本の藤原時代、女の人はどんなふうに縫ったり織ったりしていたのだろう。源氏物語の中には貴族の婦人たちが、自分で縫物をやっている描写はないと思う。優婉な紫の上が光君と一緒に、周囲の女性たちにおくる・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
出典:青空文庫