・・・「いえあの御顔色はただの御色では御座いません」と伝通院の坊主を信仰するだけあって、うまく人相を見る。「御前の方がどうかしたんだろう。先ッきは少し歯の根が合わないようだったぜ」「私は何と旦那様から冷かされても構いません。――しかし・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・「御宮までは三里でござりまっす」「山の上までは」「御宮から二里でござりますたい」「山の上はえらいだろうね」と碌さんが突然飛び出してくる。「ねえ」「御前登った事があるかい」「いいえ」「じゃ知らないんだね」「・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・題しらず雲ならで通はぬ峰の石陰に神世のにほひ吐く草花歌会の様よめる中に人麻呂の御像のまへに机すゑ灯かかげ御酒そなへおく設け題よみてもてくる歌どもを神の御前にならべもてゆくことごとく歌よみ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ そんなに沈んだ泣いた眼をして居ると御前の美くしさは早く老いてしまうから――誰かが御身をつらくしたなら私は自分はどうされても仇をうってあげるだけの勇気を持って居るのだよ。精女 誰にもどうもされたのではございませんけれ共――今ここに参りま・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・の問題は、文学作品の形をとっていたから、文学者たちの注目を集め、批判をうけましたが、ひきつづきいくつかの形で二・二六実記が出て来たし、丹羽文雄の最後の御前会議のルポルタージュ、その他いわゆる「秘史」が続々登場しはじめました。なにしろあの当時・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・かくて直ちに清兵衛が嫡子を召され、御前において盃を申付けられ、某は彼者と互に意趣を存ずまじき旨誓言いたし候。しかるに横田家の者どもとかく異志を存する由相聞え、ついに筑前国へ罷越し候。某へは三斎公御名忠興の興の字を賜わり、沖津を興津と相改め候・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・かくて直ちに相役の嫡子を召され、御前において盃を申つけられ、某は彼者と互に意趣を存ずまじき旨誓言致し候。 これより二年目、寛永三年九月六日主上二条の御城へ行幸遊ばされ、妙解院殿へかの名香を御所望有之、すなわちこれを献ぜらる、主上叡感有り・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
出典:青空文庫