・・・殊に塙団右衛門直之は金の御幣の指し物に十文字の槍をふりかざし、槍の柄の折れるまで戦った後、樫井の町の中に打ち死した。 四月三十日の未の刻、彼等の軍勢を打ち破った浅野但馬守長晟は大御所徳川家康に戦いの勝利を報じた上、直之の首を献上した。(・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・――いや、この老婆に対すると云っては、語弊があるかも知れない。むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に強さを増して来たのである。この時、誰かがこの下人に、さっき門の下でこの男が考えていた、饑死をするか盗人になるかと云う問題を、改めて持出し・・・ 芥川竜之介 「羅生門」
・・・僕が御幣を担ぎ、そを信ずるものは実にこの故である。 僕は一方鬼神力に対しては大なる畏れを有っている。けれどもまた一方観音力の絶大なる加護を信ずる。この故に念々頭々かの観音力を念ずる時んば、例えばいかなる形において鬼神力の現前することがあ・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・……御幣とおんなじ事だって。……だから私――まじめに町の中を持ったんだけれど、考えると――変だわね。」「いや、まじめだよ。この擂粉木と杓子の恩を忘れてどうする。おかめひょっとこのように滑稽もの扱いにするのは不届き千万さ。」 さて、笛・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・と玉野が指す、大池を艮の方へ寄る処に、板を浮かせて、小さな御幣が立っていた。真中の築洲に鶴ケ島というのが見えて、祠に竜神を祠ると聞く。……鷁首の船は、その島へ志すのであるから、滝の口は近寄らないで済むのであったが。「乗ろうかね。」 ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・という言葉をおぼえて来て、そのころ、しきりにそれを繰り返していたそうだが、妻は、それが今回のことの前兆であったと、御幣をかついでいた。それももっともだというのは、僕が東京を出発する以前に、ようやく出版が出来た「デカダン論」のために、僕の生活・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・落魄れたといっては語弊があるが、それまでは緑雨は貧乏咄をしても黒斜子の羽織を着ていた。不味い下宿屋の飯を喰っていても牛肉屋の鍋を突つくような鄙しい所為は紳士の体面上すまじきもののような顔をしていた。が、壱岐殿坂時代となると飛白の羽織を着初し・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・が「祈り最中に御幣ゆるぎ出、ともし火かすかになりて消」ゆる手品の種明かし、樹皮下に肉桂を注射して立木を枯らす法などもある。 こういう種類の資料は勿論馬琴にもあり近松でさえ無くはないであろうが、ただこれが西鶴の中では如何にもリアルな実感を・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ ある家庭で歳末に令嬢二人母君から輪飾りに裏白とゆずり葉と御幣を結び付ける仕事を命ぜられて珍しく神妙にめったにはしない「うちの用」をしていた。裏白やゆずり葉を輪の表に縛り付けるか裏につけるかを議論していた。そのうちに妹の方が「こんなもの・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ピンピンしているのは、皆嘘の学者だと申しては語弊があるが、まあどちらかと云えば神経衰弱に罹る方が当り前のように思われます。学者を例に引いたのは単に分りやすいためで、理窟は開化のどの方面へも応用ができるつもりです。 すでに開化と云うものが・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫