・・・換言すれば、実験は実験でも、ごまかしの実験である場合がはなはだ多い。これは無理に変わった趣向を求める結果、自然にそういう無理を生ずる可能性が多くなるものと思われる。しかし読者が容易にその穴に気がつかなければ、少なくも一時は目的が達しられる。・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・自分の科学と芸術とは見たままに描けと命ずる一方で、なんだか絵として見た時に不自然ではないかという気もするし、年取った母がいやがるだろうと思ったので、とうとう右衽にごまかしてしまったが、それでもやっぱり不愉快であった。 この自画像No.3・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・ ことによると、実は自分自身の中にも、そういうふうに外国人に追従を売るようなさもしい情け無い弱点があるのを、平素は自分で無理にごまかし押しかくしている。それを今眼前に暴露されるような気がして、思わずむっとして、そうして憂鬱になったのかも・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・すべて狸一派のやり口は今日開業医の用いておりやす催眠術でげして、昔からこの手でだいぶ大方の諸君子をごまかしたものでげす。西洋の狸から直伝に輸入致した術を催眠法とか唱え、これを応用する連中を先生などと崇めるのは全く西洋心酔の結果で拙などはひそ・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・を伝えた、しかるに案内には詳しいが自転車には毫も詳しくないから、行こうと思う方へは行かないで曲り角へくるとただ曲りやすい方へ曲ってしまう、ここにおいてか同じ所へ何返も出て来る、始めの内は何とかかんとかごまかしていたが、そうは持ち切れるもので・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・人をごまかして自分の得ばかり考えるなんて。まるで詐欺だ」「だって叔父さん、僕は病気なんかに、まだかかりゃしませんよ」と重吉が割り込むように弁解したので、自分はまたおかしくなった。「そんなことがひとにわかるもんか」「いえ、まったく・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・即ちごまかしがきくのです。悲しくもないのに泣いたり、嬉しくもないのに笑ったり、腹も立たないのに怒ったり、こんな講壇の上などに立ってあなた方から偉く見られようとしたりするので――これは或程度まで成功します。これは一種の art である。art・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・そうでなければ無理に口を横に大きくしたり、わざと額をしかめたりしてそれをごまかしているのです。(コロナは六十三万二百 ※‥‥‥ ) 楊の木でも樺の木でも、燐光の樹液がいっぱい脈をうっ・・・ 宮沢賢治 「イーハトーボ農学校の春」
・・・まず野鼠は、ただの鼠にゴム靴をたのむ、ただの鼠は猫にたのむ、猫は犬にたのむ、犬は馬にたのむ、馬は自分の金沓を貰うとき、なんとかかんとかごまかして、ゴム靴をもう一足受け取る、それから、馬がそれを犬に渡す、犬が猫に渡す、猫がただの鼠に渡す、ただ・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・そして新聞で、あのときの出来事は、肥料の入れようをまちがって教えた農業技師が、オリザの倒れたのをみんな火山局のせいにして、ごまかしていたためだということを読んで、大きな声で一人で笑いました。 その次の日の午後、病院の小使がはいって来て、・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
出典:青空文庫